第4話 少女を救うために

不思議な花畑。その名が示すように不思議な花々が咲き誇るそんな花畑。

その中にも一つだけ、美しい花々が咲く場所があった。

特異的な場所にあるからこそ普通が不思議に見えるとでも言えるのだろうか。

ボクとアリスはそんな場所がお気に入りで、偶にだけど2人でそこに赴くこともあった。

「チェシャ猫、綺麗なお花さんなんだから踏んじゃダメよ?」

「わかってる、わかってる。でもキミは本当にここが好きだねぇ」

「何かここで優雅にしてるとレディっぽくないかしら?」

そう言ってアリスはその長い髪をかきあげる。

その姿はまだ大人のレディとは遠いものだったけど、とても可憐な姿でもあった。

「不思議な世界もいいけれどこういう場所も大切にしたいって思うの。

大人になってもこの気持ちはなくしたくないわ」

そうしてアリスは咲き誇る白の世界に目を輝かせていた。

「アリス…あの頃のキミは破壊なんて望んでいなかっただろうに…」



ノーネームと再会したエクスとチェシャ猫は、チェシャ猫の頼みからノーネームの不思議な力でアリスを探そうと試みる。

しかし、すぐ近くにいるというアリスの姿はチェシャ猫が知ってるアリスとは大きく異なっていた。

「アリス…」

「…うん?あら、チェシャ猫じゃない。

……まだ、こんなところにいたのね」

アリスのその目は、どこか狂気を感じさせるような、そんな瞳だった。

「ノーネーム。どういうことかわかる?」

「…カオステラーによって私の記憶はこの想区について、そして調律の巫女達とコンタクトを取るために必要な数々の想区での旅の出来事くらいしか覚えていません。

ですが、カオステラーの言っていたことが本当ならば混沌に飲まれた結果、想区の主役に影響を及ぼしてしまったのだと思われます」

つまりは想区そのものが混沌に飲まれてしまったため、その想区の主役はその影響を色濃く受けてしまっている、ということ。

色々なことが起こりすぎたのか、そのような推測ですら納得がいってしまうような、そんな気分になった。

「アリス…」

「チェシャ猫。この想区はもうお終いよ。

なら、せめて私の手で…」

カオス・アリスとなったアリスは、無の想区のカオステラーの力を彷彿とさせるような強大な力を解放する。

「…チェシャ猫!アリスが大事なのはよくわかる、でも今は退こう!

このままじゃ、助けるどころかみんな危険だ!」

「でもっ!

…いや、そうだね。そうするしかなさそう」

カオス・アリスの力を見て、エクスは一度引くことを提案する。

チェシャ猫も一度は否定しようとするが、アリスの様子を目の当たりし、その提案を受け入れた。

「アリス、必ず救いに戻るから…!」

アリスの力により、この辺り一帯が破壊されていく。この状態が続くのなら、想区が危険だろう。チェシャ猫はアリスを必ず救うという決意を胸に秘め、一度引くことにした。



その後、不思議の国の想区のとある場所にて。

「ノーネーム、レイナを探そう。

アリスを救うにも、この想区を調律するにも、きっとレイナの力が必要だよ」

エクスはレイナを探すことを提案する。

調律の巫女の力を以ってすれば、アリスを救うことができるかもしれない。

それに今後、あの強大なカオステラーに立ち向かうにはレイナの力は必ず必要になる、そう判断したからだった。

「そうですね。

…エクスさんは、強いですね」

「いきなりどうしたの?」

「あれだけの強大なカオステラーと相対し、敗北を喫したにもかかわらず、まだ立ち向かう勇気が残っているのですから」

ノーネームはエクスのその強い気持ちに感服した、普通の人には持ち合わせていない、確かな強さだった。

「…役割を与えられなかった僕にも、出来ることがある。それに僕はレイナを助けたい。

だったらこんなことでへこたれるわけにはいかないよ」

「それが、エクスさんの強さの源なんですね。

…私にもなすべきことがあります。

この想区を救うこと…。

ならば私も心を強く持ちましょう」

そう言ってノーネームは自らの不思議な力でレイナが今いる場所を探り出す。

一方エクスはどこか虚ろげなチェシャ猫の側に寄り。

「チェシャ猫…」

「…エクス。ごめんね、なんかさっきから色々と疲れちゃって…」

「仕方ないよ。…アリスは必ず救うよ。

レイナっていう僕の仲間もアリスのお話は知っていてね。アリスのお話が好きなんだって。

だからきっと協力してくれるよ」

そう言ってチェシャ猫を何とか慰めようと試みるエクスは内心でどんな言葉をかけてあげればいいか慌てていた。

そんな様子をチェシャ猫は察したのか、急に微笑み出した。

「ふふっ、ありがと。エクス。

慰めようとしてくれたんでしょ?

ボクは大丈夫だよ、アリスは必ず救ってみせる」

そういうチェシャ猫だったが、その表情は明らかに以前のものより晴れやかだった。

「見つけましたよ、皆さん。

レイナさんもここから近い所にいるみたいです、早く行きましょう」

アリスを、この想区を。

チェシャ猫とノーネーム、目的は違えど確かに「救う」ということを目標を胸に秘めて。



レイナがいると聞いてたどり着いた場所は草原の想区と呼ばれる場所だった。

ただひたすらに広がる草原が特徴の平和な想区だという。

しかし混沌の渦に飲み込まれた今は草木は枯れ始め、暗く淀んでいる空がどこまでも続いている景観となっている。

「こんな平和な想区ですらこんなことに…」

あのカオステラーの姿を思い出し、エクスは己の拳を握りしめた。

「…エクス。レイナの特徴ってある?」

まだレイナのことを知らないチェシャ猫はレイナの特徴を聞いてきた。

「うーん、アリスに近い髪の色かな。

髪の毛も長いからそれが結構特徴になると思う」

ふーん、と言うチェシャ猫はじっと先の方向を見つめる。

「アレ、レイナじゃないかな?」

チェシャ猫が見つめる先に何かしらの影が複数存在していた。

…複数。

「…エクスさん、もしかして」

「やっぱり想像付くよね、行くよ!」

不安な気持ちを抑えて、エクスたちはチェシャ猫が見つめる方向へと駆け出した。



「参ったわね…。

まさか囲まれるなんて…」

クラリス・ワルデンという白髪の少女の姿となったレイナは攻撃手段の少なさに苦しめられ、今まさに四方八方塞がれた状態となっていた。

空白の書を持つ者が使用できるコネクト。

そんなコネクトにも制限がある。

ヒーローにはアタッカー、ヒーラー、シューター、ディフェンダーの4種類の属性がある。

レイナにはヒーラーとアタッカー。

タオにはディフェンダーとシューター。

シェインにはシューターとアタッカー、など。

稀にエクスのようにすべてのヒーローとコネクトすることのできる『ワイルド』の紋章を持つ者もいる。


レイナは先ほどまでアタッカーのヒーローとコネクトしていたが、多勢に無勢。ヒーローが倒れ、コネクトが解除されてしまう。

それ以降はヒーラーによる回復で何とか凌いできたが、囲まれてしまってはもう後がない。

覚悟をしないといけない。

「………エクスっ」

ここで終わりなのかと、そう思った。

脳裏に浮かんだ「彼」の姿をもう見ることなく終わるのだろうか。

目的も何も果たせないまま、ここで朽ちてしまうのか。そう思ったその瞬間。

ヴィランの姿がたちまち消滅していった。

「…間に合った!」

「エ、エクス!?」

レイナはその姿に驚いた。

「はぁ、せっかくレイナを探しに来たと思ったらこんな危険な目にあってるんだから!

チェシャ猫、援護して!」

遠方から放たれた弓は風を切ってヴィランの体に突き刺さる。

「了解だよ〜。

さっさと決めよう、せーのっ!」

チェシャ猫の弓から放たれるその矢の嵐はヴィランを殲滅させるには十分すぎる威力だった。



ヴィランを殲滅したエクス達は、なんとか無事にレイナと合流することができた。

「危なかったわ…。感謝するわね」

「この子がレイナって子なの?」

「うん、想区をあるべき姿に戻す力を持つ、調律の巫女って存在だよ」

「この子の力を借りればアリスを元に戻すことも…」

アリス、という単語にレイナは体を反応させた。アリスの物語が好きな彼女にとって、今のチェシャ猫の発言は反応せずにいられなかったのだろう。

「アリスに何があったの…!?」

エクス達はカオステラーの攻撃から包むように発した光に飲み込まれた後、どうなったのか、その経緯を話した。

「…そんなことが…。

こんなおかしい状態になって、私の調律が通じるはわからないけど、やってみるべきでしょうね」

「それは、協力してくれるってこと?」

「当たり前よ、チェシャ猫もできることならアリスを救いたいでしょ?」

「レイナ…。うん、救いたい。

貴女の力、貸してもらうよ」

チェシャ猫の頼みを快く引き受けてくれたレイナは彼女と親交を深めることができたようだ。

「あの、エクスさん」

その頃、ノーネームはエクスの服の袖を引っ張り彼を呼びかけた。

「どうしたの?」

「カオステラーはどんどん強大になっていきます。これからどうするつもりなんですか?」

確かに彼女の言うことも一理あるだろう。

今ここでアリスを救っても、それがカオステラーに影響を与えるかはわからない。

「…でも、これはもうこの想区だけの問題じゃない。アリスや他の想区も。そしてノーネームもみんな全部救える方法を探す」

そうするしかない。この現状をなんとかするなら、それこそ全てを救う方法を探すしかないのだ。

「そう、ですね。それに混沌に飲まれた想区を調律することでカオステラーが弱体化…ということもありうるかもしれないですからね」

「さて、そういうわけだからさっさとこの想区を調律してあげたいのだけれどいいかしら?

ヴィランはさっき倒したので全部なはずよ」

レイナは調律の準備をしながら、エクス達に聞いてきた。

「あぁ、うん。大丈夫だよ」

「なら、やるわね。

……混沌の渦に飲まれし語り部よ。

我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし!」

調律の巫女による想区の調律。

想区をあるべき姿に戻す、それがこの調律だが、この想区ではどんな力をもたらすのか…。

調律を眺めるエクス達の中に、1人だけ異変を感じているものがいた。

ノーネームだ。

「……?」

手に持つ、新たな運命の書がわずかながらに光りだした。

あの時の光と、同じように。

ノーネームは無意識に運命の書の頁を開き、中身を確認した。

そこには今までと同じように、自分のことは一切書かれておらず、この想区がなぜこんなことになってしまったのかということと、調律の巫女たちについてのことしか書かれていなかった、そう思った。

しかし次のページに文字が新たに刻まれていた。

これは彼女が意識的に使った不思議な能力とはまた別のものだった。

「混沌に飲まれし想区たちは、あるべき姿へと戻すことで混沌を打ち破る力となるだろう…」

刻まれた文を読んだその瞬間、頭に映像が流れ込んだ。

それは美しく綺麗な、自然が広がっていく景色だった。

「これは、無に還った想区の…元の姿…?」

ノーネームはこの景色に見覚えはなかった。

しかし、彼女の心がそう感じた。

「ノーネーム、ノーネーム!」

「…っ!は、はい!」

自らが名付けた名を呼ぶエクスに思わず声を裏返らせて反応してしまう。

「大丈夫?調律は終わったよ。

考え事をしてたみたいだけど…」

そう言われて周りを見ると、何もない平和な想区へ戻ったように見える。

しかし、奥を見るとまだ、混沌に飲まれた想区の姿が見える。

「調律をしても、あくまで想区の姿が元に戻るだけみたいね。

大元をなんとかしないとどうしようもないわ」

レイナのいう通り、ただ調律でなんとかなるだけではないようだ。

「そう、みたいですね。

…先ほど、調律をしている間に私の運命の書に文字が刻まれたんです。

私の力とは、関係なく」

ノーネームは調律の間に起きた出来事をエクスたちに話した。


「ふーん、もういろんなことが起こりすぎてわけがわからないね」

チェシャ猫はお手上げといわんばかりにため息をつくが、そういうのもわかる。

ここにいる誰もがこれまでの常識とは違った出来事に頭を悩ませている。

「考えても仕方ないわ。

とりあえずノーネームの運命の書に書かれてることが事実なら、アリスを助けてあげることもノーネームの目的につながるはず。

まずはアリスを助けてあげることを優先しましょう?」

「その方がわかりやすくていいね。

早く行こう。アリスを助けに!」

エクスたちは向かう。

アリスを助けるために。

強大な力を得たカオステラーを倒し、飲み込まれた想区を救うために。

「…アリス、今、助けに行くから」

チェシャ猫もまた、アリスを助けるという決意を胸に秘めて。



後書き

絆の想区、久々に更新できました。

誰も世界がどうなってるかわからないというのが舞台になってしまってるので、ややこしいと思われますが、これは多分次回あたりに少しまとまると思います。

幾つか小説書いてるのに似たような設定がいくつもあることから自分自身の力不足を痛感します。

当分は基本的に絆の想区の更新に力を入れますので、ぜひ読んでくれると嬉しいです。

次回はアリス編が終了となります。

チェシャ猫もただいるだけではなく、きちんと活躍しますので…。


あとエクスやレイナがコネクトしているヒーローたち。

レイナは今回クラリスという星4のヒーローにコネクトしていました。

今作は基本的に星5のヒーローがストーリーに関わってくることが多いです。

そのため、レア度が低くてもストーリーに関わるヒーローを除いたヒーローにコネクトすることになります。

一応コネクトは今作に出てこないヒーローも出せる機会ですので、星5などでも「このキャラは出ないな」と思ったキャラは出してみようと思います。

何かこのキャラを出して欲しいなどがあれば感想やらTwitter(@kurosora_NOIR、@sora__gallery)でリプライを送ってくれれば反映されるかもしれません。

それではまた次回。なるべく早めに更新できるように頑張ります。

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