馬鹿らしい自分の話

ryu

私の話

自分は昔から、心配性だった。

例えるならば小学生の時から、登校している時忘れ物がないか心配したり、学校に行っている時も四歳上の姉の心配をしたり、帰る時も『自分は何か変な失敗をしていないだろうか』と心配していた。

むしろ、心配だった、というよりかはただひたすら不安だったのだ。

人と話す事は好きだが、どうしても顔色を伺ってしまう。

体を動かす事も好きだったけど、下手だから迷惑をかけるだろうと休み時間は外で遊ばなくなった。誰にも迷惑をかけないようにと一人で本を読んだり、気心の知れた仲の良い友達と話した。

そんな私は、いつもグループのリーダーだった。

リーダーになってと頼まれると『断ったらきっと嫌な奴だと思われるし、信頼が失われる』といった風に不安が心を襲い、嫌々にしている演技をしながら(断る選択肢は無いので嫌々ではなかった)私は頷いていた。

友達と話していると、大体話の中心は私だった。聞き上手だと褒められ、話を回すのは得意な方だった私だが、それがとても嫌いだった。

A子ちゃんの事が嫌いなB子ちゃんがいるとしよう。その二人はどちらも、私の友達である。なので、三人で話す機会も少なからずあるものだ。

するとどうだろう。必ず私が話題をふらないといけない状況が出来るのではないだろうか?私はそれを子供ながら分かっていた。

八方美人だと言われる私の性格から生まれたことなのだから、とやかく言えないと私はされを受け入れた。リーダーである事も、中心である事も慣れた私に、襲いかかってきた。

イジメという試練。

それは私に対してではない。

友達だった。

ターゲットは、先程のA子ちゃん。

そして、悪口を言っているのは、B子ちゃん含む学年のほぼ全員だった。

A子ちゃんと仲良くしてた何人かは、『私はそんなの知らない』とでも言いたげな風に過ごしている。まるでA子ちゃんと過ごしてきた時間はすべて無かったかのようにされていた。

A子ちゃんはリスカを始め、それを知られたからかイジメはエスカレートし、ついにA子ちゃんはクラスに顔を出さなくなった。と、言ってもA子ちゃんは真面目なので、ほぼ毎日保健室で授業を受けていた。それが逆に反感を買ったのは言うまでもない。

私は病んだ。誰を信じていいかわからなくなり、最終的には自殺の計画も立て遺書も書いた。自分の首元に包丁を当てる練習もした。母親が帰ってくる時間を計算して、この時間に死ねば大丈夫だななど、毎日のように考えるようになった。もちろんと言うべきか、リスカもした。手首を切るその瞬間だけは、『自分が自分で傷を付けているのだから、A子ちゃんを守れなかった罪を償っている』と思っていた。私は昔から自然治癒力が高く、リスカの痕はすぐ消えた。それが嫌だから毎日切った。それでも、死ぬ事は出来なかった。今死んだら、親が可哀想だと思っていたからだ。近所の人に『娘さん自殺したんだって』と白い目で見られ、今まで私を育てた養育費はどこからも帰ってこず、しかもその時兄は受験を控えていた。私の心が強ければ出来ていただろうが、それは叶わなかった。

その頃、ネットに友達ができた。

病気で体が悪い女の子と、その兄だ。

二人はとても仲が良く、写真も送ってもらったがどちらも綺麗で、漫画から飛び出てきたような兄妹だった。

簡潔に言うと、妹が死んだ。その事で私は『また守れなかった』『私がもっと強かったら死ななくてすんだ』『A子ちゃんだって、私があんな風にしたも同然だ』と考えるようになった。

その後、兄が死んだ。兄は自殺しようとしていた。最愛の妹を亡くしたのだから無理もない。しかし、親戚の人からの連絡だと、病死だったそうだ。つまり、兄は不可抗力で死んだのだ。それを本人が望んでいたとしても。兄の口癖は『死ねない人間はいない』という事だった。『死にたい』と言っているのに死んでない人間はなんなのだろうと言っていた。兄はマンションから何度か飛び降りて病院の世話になっていたそうだ。何故死ねないんだと私に愚痴を零してきた。それもすべて、私のせいだと思った。

その頃から全てのことを私のせいだと思い込むようになった。理不尽な文句も私が悪いんだからと考えた。イライラするたび、『いや、これは私が悪いんだからイライラする必要は無い』と考え手首を切った。するとイライラは収まった。次第にはテレビで流れる殺人事件のニュースも、私が悪いと思い込み涙を流しひたすら名もわからない人に謝って手首を切って自分を追い込んでいた。それはきっと、私の生きる糧だったのだ。そう思い込むことで、周りの悪を無くそうとしていた。それは、イジメでクラスに来なくなったA子ちゃんを虐めたやつ(そこには私の友人や親友も含まれていた)を、あの兄妹を殺した神を悪だと思う事に疲れてしまった故の行動だと思う。

全てが嫌いになることを私は何よりも恐怖に思い、そして不安だった。

自分が嫌う事で皆が私を嫌うのではないかと。だからつまり、全て私の自己防衛なのだ。ここまで私はいい人のような事を並べ立てていたが、結局はそう。皆自分が可愛いのだ。だから私は自分を傷つけるのだ。こんな風に私は辛い思いをしているのだから、皆私を嫌わないよね?と思っていたのだ。

この考えは治らなかった。いくら新しい趣味が出来ても、ふとした瞬間にスイッチが入る。

すると、誰もいないところで馬鹿みたいに吐いて馬鹿みたいに泣いて馬鹿みたいに叫んで馬鹿みたいに自分を殴って傷付けてごめんなさいと謝り続けてしまう。

それを母に見られたこともあった。

車に乗っているとき、助手席で泣きながらただごめんなさいと言っていた。母は温厚な人だったが、そんな私を気持ち悪く思ったのか『そんなことばかり言ってたらつまらないよ』と言った。きっとそれは、私の人生が、という意味なのだろう。でもその時はその言葉がただ怖くて怖くて仕方なかった。申し訳なかった。不甲斐なかった。やはりあの時に死ねばいいと思った。生きてる意味なんてないんだと思い知らされた。

話は変わるが、私は頭が良かった。何か大きな事がない限り80点以上とっていて、むしろそれ以下をとったことはないに等しかった。期末考査で100点をとったこともあった。だが上には上がいるもので、それで私はまた病み始める。2位になれば出来損ないと自分を蔑み、3位以下を取れば生きる意味のないゴミだと嘲笑った。1位という順位に何よりも執着していた。

そうなると、私に何も取柄がないという話をしなければいけない。

例えば、あの人は歌が上手い。あの人はギターが弾ける。あの人はピアノが上手くて、あの人はトランペットを吹けるらしい。あの人は絵が超人的に上手いし、あの人は文章能力が高い。あの人は天才的に頭がいいし、あの人は身体能力が高く、あの人は野球がとても上手い。あの人はリーダーシップがあって、あの人は誰よりも本を読んでいて、あの人は皆を笑わせる力がある。といったものだ。

私には何も無かった。運動も出来なければ、勉強も1位をとれず、読書の量も普通より少し多いだけで、絵もそこまで得意じゃない。文章は誰でも書けるようなものしか書けないし、リーダーシップなんてないに等しい(あったらもっとちゃんとした学年を作れていただろう)。笑わせる力なんてないし、特技なんてものもない。

顔がいいわけでもスタイルがいいわけでもなく、皆を魅了するような声もない。私には何も無かった。生きる意味も無かった。探したって何も無かった。ただ、親孝行をしなければという感情だけが残った。

その事を思い知らされた頃、ネットの兄妹が死んだのだ。あの二人は完璧な人だった。きっとそれを言ったら二人に怒られてしまうだろうが、そう言わさざるを得なかった。だからあの二人が生きて、私が死んだ方がどう考えても地球は得するのだ。だから神を恨んだ。仏を恨んだ。しかし私は思う。それは全て私のせいだと。二人が私に関わったから、二人は死んだのだと。私は、私が疫病神も可愛いくらいに呪われた人物なのだと信じて疑わなかった。

怖かったし、助けて欲しかった。反対に、助けてくれる人なんていないと絶望していた。

そこで出会った人がいた。

教師の南先生(仮名)である。

その人はとても優しかった。

普通教師は面倒事を嫌うものであるはずなのに、その人は『お前がその事(イジメ)を悪く思うんだったら、盛大に暴れろ。後始末は俺が全部なんとかする。それでまたなんか言ってくるやつがいたなら、俺がやっつけてやる』と笑った。A子ちゃんにも良くしてくれて、どうにかクラスに戻せないかと一緒に悩んでくれた。驚く程に、馬鹿な先生だったのである。

いきなり鬱になって保健室で休んでる時、ほぼ必ずと言っていいほど南先生は現れる。そして馬鹿みたいに私なんかに声をかけてくれる。

宿題を貰った。茶色い封筒に入っていた白い紙には、『最近辛いと思ったことを、全て書きなさい』と書いてあった。馬鹿らしい話を打ち明けた。全てではないが、こう思っているのだ、と書いた。それを見た南先生は、

『しんどいな』

と言ってくれた。それは、今まで親にかけられたどんな優しい言葉より、相談に乗ってくれた担任に言われたどんな慰めの言葉より、話を黙って聞いてくれた保健室の先生の静かな相槌より、綺麗事ばかり書いてる詩集の励ましの言葉より心に響いた。その一言に、たった五文字に私はひどく泣いた。驚く程に泣いてしまった。苦しくて何度も嗚咽を漏らしながらも私は泣いたのである。

それから、マスクが手放せなくなった私の演技が始まるのである。



今回のまとめ(時系列順)


①心配症な私

②1位をとれないテスト

③A子ちゃんへのイジメ

④兄妹の死

⑤南先生の話


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