後編「マスター」もしくはA
僕は「研究者」だ。
僕が研究しているのは、「アンドロイド兵器」だけれど。
僕の祖国は、戦争の為に兵器を求めた。
研究者はその開発に駆り出され、僕も例外ではなかった。
アンドロイドを創り、戦闘教育をする。
数え切れないほどの兵器を僕は送り出してきた。
初めて創ったアンドロイドは、「失敗作」だった。
「自我」、有り体にいえば「心」を持ってしまったのだ。
国から、兵器を依頼したのであって、そんな人のなり損ないなどいらないと、突き返された。
そんな彼女に「トワ」という名前をつけ、勝手に戦闘訓練をし、国が渇望するような「兵器としての」アンドロイドに育てた。
戦場に駆り出されないよう、秘密にして。
僕は、元々研究者ではない。兵士だった。
初めて戦場に立った日、僕は右腕を失った。
戦う道を閉ざされた僕は、研究者としての道に進んだ。
アンドロイド兵器は国の重要機密であり、人型で、知能を持つアンドロイド兵器は、倫理上大きな問題も孕んでいた。
情報が漏れでることのないようにと、国の監視下にある地下室に、僕の研究所はある。
もう、何年も太陽の光を見ていない。
「わたしは、マスターの優秀な「みぎうで」なのですから!」
得意げに言う彼女は、残された人生の中で、いつしか僕の光になっていた。
彼女を騙しているという罪悪感を持ってすら、彼女を手放すことができないくらいに。
彼女を地下の研究所に閉じ込め、「遊び」と称してアンドロイド兵器の戦闘訓練をさせる。
騙されていることにも気付かず、「マスター」の僕の命令に従って彼女は進んでこなす。
優秀なアンドロイドだと思う。でも、僕はその「優秀な」というのが嫌いだった。
国の言う優秀とは、兵器の基準だ。
優秀なアンドロイドというのは優秀な兵器ということ、国に益がある兵器だということだ。
そこに、「人」としての基準はない。
だが、僕がアンドロイドは兵器じゃないと主張したところで、では兵器にしたのは誰か。
返答に窮するのは火を見るより明らかだ。
嫌なら作らなければいいだろうと、もっとも、君には無理かと嘲笑われるのがオチだ。
その日も、国にアンドロイド達を引き渡すと、彼女は寂しそうながらも、どこか誇らしげだった。
「よく頑張ったね」と彼女を撫でると、無垢な瞳が 細められる。
人らしい表情に、それでも彼女を「人」にすることのできない無力感が相まって、胸が苦しくなる。堪らず、彼女を抱きしめた。
ごめん、ごめんねと、声にならない声を吐き出す。無意識に抱きしめる手に力がこもり、ふるえる。
だが、それがばれるわけにはいかない。
僕はいつもの、嬉しそうな「マスター」の表情を作って、彼女に言うのだ。
「ご褒美に、『ゲーム』をしようか」
僕は、一つ、自分に嘘をついている。
「優秀な」というのが嫌いだと言ったことだ。
彼女を「人」にしてあげたい、と。
なるほど、僕はとんだ嘘つきだ。
『ゲーム』
料理の中に小瓶の中の『ほし』の「えきたい」を入れる。
僕がそれを食べ、どれに『ほし』が入っているか見分けられたら、僕の勝ち。
見分けられずに僕が『ほし』の「えきたい」入りの料理食べたら、彼女の勝ち。
我ながら、狂っていると思う。
僕は、そうして、彼女に『毒殺の練習』をさせているのだから。
僕は国が大嫌いだ。
兵士だった頃には、忠誠心は、もっとも強制的に植え付けられたようなものだが、少なくとも人並みにはあったと思う。
だが後に、右腕を失ったあの作戦は、兵士の死を囮につかう裏の意図があったのだと、僕達は捨駒だったのだとわかってから、僕は国を信じることができなくなった。
その後、僕へ向けられた怪奇の目、的外れな嘲笑、憐れみ、心ない罵倒を考えれば、僕のすべてを奪った国へ、復讐心の一つや二つ、芽生えてもおかしくはないと思う。
暗い地下に閉じ込められ、アンドロイド兵器を作らなければ生きていけない状況に追い詰められ、僕はいつしか復讐を遂げることを夢見てしまったのだ。
いつかその日がきたら、僕のすべてを奪った者共を、彼女に毒殺させようとするだろう。
僕は躊躇いもなく、彼女を「兵器」として利用するだろう。
結局、僕も、国と何ら変わらないのだ。
嘘つき、消えてしまえ、狂った復讐鬼め。
誰かがそういって止めてくれた方が、きっと彼女は幸せなのだろう。
それでも、僕は復讐を止めることはできない。
彼女を「人」にはできないのだ。
だから、僕はそれを見て、「笑った」。
国からの通知。
『我が国は戦争に勝利した』
それは、彼女が兵器でなくなることを告げるものであり、
『研究の終了命令が発令された』
僕への、死刑宣告だったから。
何故殺されるか?当たり前だ。
勝った国に黒い影が見えては、不都合だろう?
アンドロイド兵器なんてバレたら、非難の嵐は間違いない。つまりは、口封じ。
けれど、それは残酷すぎる、好機でもあった。
僕が殺されるとわかった今、復讐の方法はこれしかないと答えがでる。
彼女への罪悪感は、黒い感情に塗りつぶされて、見えなくなってしまった。
……塗りつぶされた?
塗りつぶしたの間違いだ。
僕がそのスープを口にしたとき、嬉々として彼女は言った。
「わたし、『ほし』をいれたの、そのスープです!」
「え?ほんとに?……気づかなかった。僕の負けだね」
気づいていなかったのは嘘だけど。
それから、机の中から取り出した小さな小箱を、彼女に差し出した。
「負けてしまったからね。約束の『いいもの』だ」
彼女がそれを受け取ったのを見て、ごめんね、と声に出さずに謝る。
目を閉じる。上手くいってよかった。
僕は、間もなく死んでしまう。
当然、致死量の毒入りスープを食べれば、生きてはいられない。
大嫌いな国に殺されるよりは、彼女に殺された方がましだ。
彼女には、『死』の概念をインプットしていない。だから、僕が死んだことにも、しばらくは気づかないだろう。
案の定、彼女は僕をベッドに運んだ。
何も分かっていない彼女が、たまらなく愛しくて、呼び止めてしまった。
朦朧とする意識の中、嬉しそうな彼女の顔が、ひどく眩しい。
けれど、最期の悪戯をするために、僕は口を開く。
「「トワ」。君は本当に優秀な……いや、僕の……『大切』なアンドロイドだ」
愛しているよの声は、少しだけ掠れてしまった。
ごめんね、トワ。きっと、君はこの言葉に縛られることになるだろう。
僕は通知が来てから大急ぎで、データ上にある細工をした。
トワを個人的に兵器利用し、彼女に「酷い」ことをしている、だとか、彼女を洗脳しているだとか、彼女への罵倒だとか。
そんなものを、調べようとしたらすぐ調べられるように、データ上に保存した。
国はこれを見て、彼女は「被害者」だとするしかない。
そして、彼女に渡したUSB。
国に渡るはずのデータ。僕の経歴と僕の復讐。
そして、『死』の概念をインプットするデータ。
それらを手にして、全てを知った彼女は、きっと、僕の復讐を、「彼女を愛した僕」の復讐を、遂げてくれるだろう。
小瓶の中に入った『ほし』は、彼女が一番うまく使えるはずだ。
僕の、君への最期の悪戯。
『ほし』のこびんの真意。
君を、置いていくということ。
あぁ、酷いマスターでごめんね。
遠くなる意識の中、ドアを叩く音がする。
国の奴らの到着だろう。ざまぁみろ、お前たちに僕は殺させない。
僕の「優秀な」アンドロイドに、殺されるがいい。
そうして、彼女の記憶を消去するなりして、僕のことを忘れさせるがいい。
これが、僕の復讐だ。
大好きな、信頼していたはずの君を利用した、「人」であってほしいと願いながら、君を「兵器」として利用した、残酷で残忍な、復讐だ。
だから
『愛している』
僕には、君を愛する資格なんて、ない。
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「裏切り者に、粛清を。」
『ほしのこびん』 りあん @liann_ac
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