第六話 「探索にはご注意を」

 

 遺跡の位置を確認すると、帝国の東端にある森の奥だった。

 ノエル一行は【竜化】したイリスの背に乗り、遠方に在ずる遺跡を目指している。


 太陽は彼方に差し掛かり、大陸全土を黄昏に染め上げる。上空から見渡すと、紅に彩られた広大な森林が視界いっぱいに映った。


 そんな絶景を堪能していると、前方に佇む巨大な建造物を発見。目的の古代遺跡は静かに鎮座していた。


「やっと到着したね」


 入り口の前に着地した四人は、眼前に聳える古代遺跡を見上げる。


 石材で造られた、神殿のような遺跡。周囲には石柱が立ち並んでおり、足元には謎の紋様が描かれた石板が無数に散らばっている。

 古来の造形を保つその迷宮は、異様な存在感を振り撒き、四人を圧倒している。


「初めて見ましたけど、立派な建物ですね」


「古代遺跡なんて久しぶりに目にしたよ」


 迷宮を眺めて感嘆を秘めた声で呟く女性二人。

 エリクもまた、遺跡の建築様式に一目置いていた。


「じゃあ、進んで行こうか」


 四人は警戒心を引き上げ、遺跡に足を踏み入れる。

 遺跡内を進んでいくと入り口の光は一切届かなくなり、四人を真っ暗な闇の世界へ誘う。


 先頭のノエルが初球魔術『照光ライト』を起動する。杖先の光球を頼みの綱に、遺跡内を慎重に歩いていく。


 通路を進むにつれ横幅は広くなり、ノエル達は岐路に差し掛かった。


「分かれ道、ですか」


「後先考えず前進してもいいが、行き止まりだと引き返すのが面倒だな」


 古代に創設された遺跡の内部は複雑な通路で出来ており、その至るところに罠が設置されている。迷えば最後、遺跡から抜け出すことは困難極まるのだ。

 選択を怠れば全員の命に関わる。


「私の出番ですね」


 ノエルの前に出たアンリは、燐光を帯びた片手を天井に翳す。


「『音響』」


 魔術を発動したアンリは両目を閉じ、遺跡の構造を大まかに把握する。


「ここの道を左に進んで、その先の十字路を真っ直ぐです」


 アンリの指示に従い、地図を書き記しながら通路を進んでいく。

 そこから十字路までの距離はとにかく長かった。


「何かおかしくないかな?」


 違和感を抱いたエリクが最後尾から問いを投げ掛ける。


「確かに遺跡は大きかったけど、歩いた程の幅はなかったはずだよ。この遺跡、何がどうなっているんだい?」


 エリクの疑問を聞いたノエルは得意げに答えた。


「簡単な理屈さ。遺跡内部の空間が歪んでいるんだよ」


 ノエルは壁に照明を当て、描かれた壁画を指差す。


「壁に無数の壁画が描かれているだろう。その近くに古代文字が刻まれていてね」


 ノエルの言う通り、壁画の右上辺りに謎の紋様が彫られている。


「その紋様は魔術式の一部なんだ。それが大気中の魔素を吸収して、空間自体に作用する魔術を起動しているんだよ」


「空間に作用する魔術?」


「知らないのも無理はありません。現代の魔術師である私達では、古代文字を用いた魔術は起動出来ません」


 魔術の知識を持ち合わせていないエリクに、簡潔に説明する二人の魔術師。


「それって魔女なら可能じゃないかな?」


「古代文字は多少解読出来るけど、流石のボクでもお手上だね」


 ノエルは「つまり」と続けて、


「古代文字の影響で空間が歪み、遺跡の内部は通常以上に広い空間が存在しているってわけさ」


 解説を要約してノエルは話を終わらせる。

 そんな会話を交えつつ、設置される罠を回避しながら、アンリのナビゲーション通りに通路を進むが、


「何か臭う」


 イリスの嗅覚がいち早く気配を察知する。

 暗闇の向こうから四人の侵入を歓迎している。


「ーーー向こうから、来る!」


 イリスの言葉を口火に、通路の奥から何者かが姿を現した。

 天井から、石壁から、床から湧き出る黒い靄。


「魔獣・・・・ではなさそうだけど」


「かと言って精霊でもない」


「早く臨時体勢を取るんだ。前方から来るぞ」


 幾百もの黒い靄は人体を型取り、ノエル達に襲い掛かる。


「八寒地獄の凍土を顕現せよーーー」


「やあああぁぁぁぁぁっ!」


 即座に魔術の詠唱を開始するノエル。魔術起動の時間を稼ぐべく、イリスは単騎で突撃する。

 イリスは腕に強化魔術を施し、剛拳で異形達を薙ぎ倒す。その一振りは人型の靄を霧散させる。


「氷雪三章、『氷裁』」


 ノエルの頭上に浮かぶ魔法陣から氷槍の先端が剥き出す。

 放たれた氷槍は異形の頭部を的確に射抜き、活動停止に追い込んだ。


 貫かれた異形は塵と化して消えていく。


「聖なる光で敵を撃ち抜け、『弾丸スナイプ』」


 アンリの周囲に光弾が出現。ノエル達に応戦して異形を蹴散らす。

 最後の一体をノエルが撃ち抜き、異形達は四人の前から消え去った。


 戦闘を終えた四人は安堵の溜息を吐く。


「しかし、何だったんだい?実体は無かったようにも思えたけど・・・・」


「遺跡内は魔素が異常に濃いからね」


 黒い靄が発生した方向をエリクは見据える。


「魔素に汚染された悪霊が湧いて出るようだ」


 悪霊や人魂などの精神的存在が魔素の濃い場所に留まると、魔素に侵食され、理性は完全に消失する。汚染された霊的存在は生物を無差別に襲い、飢えた獣のように凶暴になってしまうのだ。


「これはボクの推測だけど、この遺跡は長年誰も立ち入っていない。ひと気の少ない場所に悪霊が湧くのは何ら不思議じゃないよ」


「でも、大変。奴らまだまだ出てくる」


「構わない。ボクら『お助け屋』はどんな依頼でも必ず果たす。魔獣も悪霊も処理して進むまでだ」


 暗闇の通路を前進するノエル一行。


 エリクの隣に寄り添うアンリが残念そうに呟いた。


「今回はエリク君の出番はなさそうですね。私はまだ、一度もエリク君の戦う姿を見ていないのに・・・・」


「まぁ、相手が相手ですから。僕が戦っても邪魔になるだけです」


 エリクは愛想笑いを浮かべながら頰を掻く。


 悪霊は精神的存在であり、実体がないので物理攻撃は一切効果がない。

 精神的存在を撃退するには、魔力を込めた攻撃手段が必要である。

 例を挙げるなら、ノエルの使用する独自魔術や、アンリが先程発動した簡易魔術『弾丸』が最適だ。


 エリクは魔術の心得がなく、魔力保有量は人並み外れているものの、魔力操作がめっぽう苦手なのである。


 イリスのように強化魔術を付与したり、剣の刀身に魔力を流し込めば敵を倒せるのだが、如何せん、魔力の消耗が極端に激しい。長期に渡る魔力の放出は体が保たないのだ。


 ならば、一節で魔術を起動できるノエルやアンリが戦う方が断然効率的である。


「また前から来た。今度は数が増えてる」


「これは参ったな。予想以上の大群勢じゃないか」


 話を遮るように異形達は湧き出て、遺跡の通路を塞ぐ。


 ノエルとイリスは咄嗟に構えるが、


「私に任せてください」


 アンリが先頭に出張り、二人は臨時体勢を解く。


「アンリさん、あの数の悪霊を相手に・・・・危険です」


「心配されるのも新鮮ですね」


 異形の数を目測で数えても、その数はゆうに百を超えていた。

 そんな大群を前にしてアンリは泰然としている。


「ふふふ。侮ってもらっては困ります、『幻想の具現化(アミュレット)』」


 地面から白銀の粒子が舞い上がり、鋼鉄の武具へと固形を成した。アンリの左右に無数の鉄剣が出現し、矛先を漸増していく異形達に向ける。


「一斉に射出せよ」


 腕を振り下ろすと同時に剣は前方に放たれた。

 白銀の刃は空に軌跡を引き、一瞬で黒い靄を消し去る。


「・・・・」


 一瞬の出来事を前に唖然とするエリク。


「その様子だと、エリク君は彼女の正体を知らないのか?」


「正体?」


 即刻聞き返すエリクにノエルは頷き、アンリの正体を打ち明ける。


「彼女、アンリ・クラリエッタは『夢幻の魔女』と称される魔術師だよ」


「えっ?・・・・魔女?!」


 エリクは思わず声を荒げて叫んだ。


 アンリが高位の魔術師だと理解していたが、この場で起きた事実を目の当たりにしては、反論する気すら失せた。


 先日まで魔女は雲の上の存在だと認識していたが、ここ数日間で彼女達と出会った。世界は狭いものだ、とエリクは思う。


「じゃあ、さっきの魔術は?」


「『幻想の具現化』というアンリの固有魔術さ」


 ノエル曰く、固有魔術『幻想の具現化』は幻術で武具を創生する魔術だ。物体の生成速度は質量や面積に比例して時間を割くが、その硬度や能力、恩恵はほぼ完全に再現できると言う。


 エリクはアンリの実力を再認識するのだった。



 四人は湧き出る異形を排除しながら、遺跡の通路を突き進み、地下へと通ずる階段の前に辿り着いた。


「この下は魔素が一段と濃いですね」


 階段からは大量の魔素が溢れており、危険な雰囲気が滲み出ている。


「階段を降りれば、何が起こるかボクにも分からない。何があっても地下の最深部を目指してくれ」


 そうしてノエル一行は階段を降り始めた。

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