第二話 「魔女との出会いは唐突に」

 

 城下町の一角である歓楽街は、大勢の人で賑わっている。


 ティルファニア帝国は比較的珍しい中立国である。広大な領地を所持しながら、強大な戦力を保持しているので、他国と比べて戦火が少ない。

 中心に在ずる歓楽街は昼夜問わず、いつも人で溢れている。

 貴族の在住する高級住宅地も存在する反面、貧民窟なる場所も存在する。


 北門を通り抜けた辺りで、不安が芽生え始めた。


「この道で本当に合ってるんですか?」


「言ってませんでしたね。友人の営む店は北の森の奥にあるんです」


 あっさりとした返答に不安が増幅する。


 森の奥に店を構えていてはいつ魔獣に襲われるか分からない。

 そんな素朴な疑問はアンリの一言によって霧散した。


「不安がらなくてもいいですよ。私の友人も魔術師なので、そこらの魔獣じゃ敵いません」


「へ、へええぇぇぇぇ」


 アンリの言葉には説得力がある。彼女の実力は常人の域を遥かに逸しているからだ。実際、魔術を目にしたエリクが一番理解している。


 彼女の発言が正しければ、彼女の友人も手練れの魔術師だ。想像しただけで背筋に悪寒が奔る。


 整備された街道を歩いて数分、森林の入り口に到着した。そこには丁寧に木製の看板が掛かっている。


「ところで、アンリさんの友人の方はどんな仕事をしているんですか?」


「『お助け屋』と言ってですね、一言で言えばどんな依頼も無償で承り、他人の裨益になる仕事です。依頼内容は様々で、薬物の採取から魔獣の騒動、魔窟の調査まで幅広く対応しているんですよ」


『お助け屋』と言う仕事は初耳だったが、アンリの説明で大方理解した。


 鳥の囀りがエリク達を迎え入れ、吹き抜ける風が来訪者を歓迎する。木々の隙間から差し込む木漏れ日は、森林に幻想的な風景を生み出す。


 明媚な光景に目を奪われながら、目的地を目指して歩いていると、


「ん?」


 エリクは森林の景色に違和感を覚える。目を凝らして見ると、木の幹の部分に微かに光る魔石を発見した。


「あの魔石は、確か・・・・」


 エリクの知識が正しければ、あの魔石は魔獣を近付けないための結界の媒介、結界石だろう。結界石は魔獣を追い払うだけではなく、夜中の街道を照らす灯の役割を果たしている。

 そのため行商人が魔獣に遭遇する危険はほぼ皆無に等しい。


 林道に結界石を設置するアンリの友人は、随分と来客の安全に気を配っているようだ。


「到着しましたよ。ここが友人の営む店です」


 林道を抜けた先には、豪華な木材が使用された二階建ての木造建築。期待を遥かに上回る豪壮な建物に、エリクは絶句する。


「す、すごいです。こんな豪壮な建物が森の中に存在するなんて・・・・」


「度肝抜かれました?彼女はお金持ちなので」


 アンリはノックを通り越して一気に扉を開けた。そして眼前に広がる光景に目を丸くする。


「「き、汚い・・・・」」


 室内を眺めて発された第一声が「汚い」だった。外観と内観の格差に驚愕する二人。乱雑な光景に他の言葉が見つからない。

 床に散乱する本や書類は、言い表すなら書籍の海だ。その中には女性の衣類や下着も垣間見える。


 そんな書籍の海から小さな影が飛び出す。姿を現したのは白髪で小柄の少女だった。


「相変わらず整理が苦手な性格は直っていませんね」


「むぅ。ボクは多忙な身なんだ。片付けに手を回す余裕なんてない」


 顔を左右に振った後、白髪の少女はアンリと言葉を交わす。アンリの言う友人とは白髪の彼女のことなのだろう。

 エリクはもっと厳つい魔術師をイメージしていたのだが、予想よりも小さく幼い容姿をしている。


 入り口に立つエリクの姿に気付いた白髪の少女は好奇の視線を送る。


「おや?初めて見る顔だね」


「彼はエリク君、腕が立つ剣士です。私が連れて来ました」


「アンリが人を連れて来るなんて珍しいな」


 会話に一区切りついたところで、アンリが本題を持ち出した。


「突然ですが、私から折り入って相談があります」


「話してみたまえ」


「単刀直入に言います。エリク君をこの店で雇ってほしいんですよ」


 アンリの唐突すぎる発言に、少女は困った表情をする。


「なんでその発言に至ったのか理由を話してくれないか?納得もせず、了承するわけにはいかない」


「分かりました」


 路地裏での物盗りの出来事から今に至るまで、エリクの経緯を包み隠さず話した。


 話を聞き終えた白髪の少女は黒い三角帽子を深く被る。そうして少女はエリクの近くに歩み寄り、華奢な手を差し出した。


「それは災難だったね。ボクは君を歓迎しよう。ようこそ、『お助け屋』へ」


「やりましたね、エリク君」


 どうやら採用されたらしい。


「ボクの名はノエル・シェータ。この店の店主で『千里の魔女』をやっている」


「僕はエリクです。宜しくお願いします」


「畏まらなくてもいい。堅苦しいのは嫌いなものでね。気軽に接してくれて構わない」


「分かった。そうさせてもらうよ」


 ノエルと名乗った少女は笑顔で絵陸を受け入れた。


 小さな体に腰よりも長い純白の頭髪。優しく大きな目は綺麗な真紅の瞳をしている。

 丈の短い黒のワンピースから、白く細い手足が伸びており、彼女の真っ白な肌を強調していた。鐔の長い三角帽子を被ったその姿は、魔女の面影を連想させる。


 書籍の海から新たに茶髪の少女が起き上がった。茶髪の少女は不服そうに此方を睨んでいる。


「紹介するよ。彼女は竜人族のイリス、ボクの可愛い助手さ」


 頭部に突き出る二本の角は竜人族の証だ。

 短く切り揃えた艶やかなの茶髪に、宝石のように輝く青眼。藍色のスカートから細い足が伸び、羽織った上着から立派な双丘が目に入る。

 その少女の顔はノエルに負けず劣らず、驚くほど整っており、美少女と呼ぶに相応しい。


 ただし、すぐにでも喉笛に噛み付きそうな少女の殺気を除いては。


「よ、宜しく」


「・・・・・・」


 イリスは敵意を放ちながら、不機嫌そうに唸っている。完全に拒絶の構えだ。


「イリス、警戒しなくていい。今日から働くことになったエリク君だ」


「男はケダモノ。変態と変質を兼ね備える生命体」


 かなりの偏見がイリスにはあるようだ。過去に何かトラウマがあるのかもしれない。


 申し訳なさげにノエルは短く謝罪した。


「イリスは人見知りが激しいんだ。大目に見てやってくれ」


「油断大敵。男はいつ豹変するか分からない」


 酷く乖離した偏見を貫くイリスに、ノエルは深く溜息を吐く。

 嫌がる気持ちは理解できなくもないが、仕事を共に行う仲間として良好な関係を築いてほしい。


 ノエルは仕方なく最終手段を使うことにした。


「ーーー主の名の下に命ずる」


「えっ」


「エリク君への敵意と警戒心を解け。命令を破った場合、一時的に力を封印する」


「ううぅ」


 恨めしそうにエリクを睨むイリス。


 ノエルとイリスは主従関係であり、契約上イリスは主人であるノエルに絶対服従。ノエルの命令に背けばそれ相応の反動が返ってくる。


「男の来客は滅多に来なくてね。男性慣れしていないのはボクの失態だ」


「気にしてないよ。見ず知らずの男を警戒するのは当たり前の反応だから」


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 会話を終えたノエルは書類を漁り始めた。

 隣に立つアンリが顔を寄せて耳元で小さく囁く。


「どうでした?ノエルって可愛いでしょう」


「ええ。それはもう飛び切り可愛いです」


「具体的にはどこが魅力的ですか?」


「そうですね。ワンピースの首元から見える鎖骨のラインが魅力的で、視線が自然と慎ましい胸へと誘導されます。加えて扇情的で幼い体つきなのに、大人びた雰囲気が正直エロ・・・・って何言わせるんですか」


「エリク君はそんな卑猥な目でノエルの事を・・・・通報しなくっちゃ」


「しないでくださいよ!今のは不可抗力ですから」


 至極真面目な顔で呟くアンリに、誤解を必死に弁明するエリク。穴があればすぐにでも入りたい気分だ。


 かつて、祖父が教えてくれた女性が喜ぶ方法。女を褒める時はまず外見から褒めろと。考えるよりも先に突飛な感想を溢してしまった。


 ーーー爺さんめ、僕が衛兵に捕まったらどうしてくれる気だよ。


 露出の多いワンピースを着るノエルは、側から見ても魅力的だ。

 次回から気を引き締め、祖父の教訓は用途を考えて使用しよう。


「冗談です。・・・・ああ見えて昔は泣き虫だったんですよ。いつも泣き付いてきて大変でした」


「そんな昔の話、掘り出さなくていい」


「あら、聞こえていたんですか?」


 恥ずかしい昔話で紅潮するノエルは、大声を荒げて必死に阻害する。それでも話続けるアンリの後頭部に、ノエルは分厚い本を投げ付けた。


「エリク君、この話はまた今度」


「ええっ!またやるんですか」


「幼い体つきなのに、大人びた雰囲気が・・・・」


「分かりました。ただし、絶対に口外しないでくださいね」


 ひょいひょいっ、と軽々投擲物を避けるアンリ。

 エリクの真似をして小さく舌を出す少女は、小悪魔のような笑みを浮かべている。


 新たな黒歴史が誕生してしまった。他言されれば衛兵に即連行のレベルだ。

 そんな事を考えるや否や、ふわりと一枚の羊紙が宙を舞い、エリクの目の前で停止する。微かに魔力を帯びており、すぐに魔術だと判断できた。


「それは今日の依頼だ。君にも参加してもらうから目を通してくれ」


 エリクは依頼内容に一通り目を通す。

 羊紙には達筆でこう書かれていた。



『”集落付近の魔獣を退治して欲しい”


 最近結界石が弱まって、魔獣が集落に近づいています。そのせいで村から外出した人は怪我をして帰ってきます。夜になると遠吠えをして、もう怖くて耐えられません。どうかお願いします。』



「隣国にある集落の村娘が全身傷だらけでやって来てね。ボクはその依頼を承ったんだ」


「その娘は大丈夫だったのかい?」


「治療を施して、イリスが村に返したよ。しかし、集落の状況はあまり芳しくない」


 言動から焦燥の様子が感じ取れる。

 ノエルは壁に掛かる杖と鞄を持って、すぐに外へ向かう。エリクとイリスも後に続いて部屋から出た。


「イリス、頼む」


「分かった」


 二人の前に出るイリスの背中から立派な双翼が飛び出した。皮膚が赤く染まり、美麗な鱗が浮き上がる。数秒の間にイリスは巨大な飛龍へと昇華した。


「イリスが本物の竜になった・・・・」


「【竜化】と言ってね。竜人族だけが使える、見ての通り竜に変身することだ」


 噂には聞いた事あるが、目にしたのは初めてだ。感動に浸っていると飛竜の背に乗ったイリスが声をかける。


「エリク君、早く乗りたまえ。すぐに出発するよ」


「ちょっと待って」


 エリクは一跳躍してノエルの後ろに乗った。竜の背は思いの外乗り心地がいい。


 飛竜は双翼を大きく羽ばたかせる。すると、あまりの風圧に四散する木の葉が舞い上がる。


「集落の状況は一刻を争う。さぁ、出発しようか」


 飛竜は咆哮して、三人は目的地へ飛び立った。

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