第7話

 ――カポンッ。

 格子模様の床に椅子を置くと、甲高い音が響き渡った。

 部屋の中は湯気で満ちており、むせかえるほど湿度が高い。


「まずは、身体の汚れを落とすずら」


 ドブネズミがお風呂の入り方を教えてくれた。

 椅子に座って、目の前にあるレバーを捻る。すると、細長いパイプの先からお湯が出てくる。

 それを椅子と同じ素材で作られた器に入れて、身体にかけるのだ。

 

「この白い塊――“せっけん”を身体にこすり付けると、泡が出て汚れが落ちるずら」


 かばんは石鹸を手にとった。

 いい匂いがする。

 身体にこすりつけると、すぐに泡が出た。

 水分がある方が、泡立ちがよいようだ。

 

「きれいになったら、またお湯をかける」


 どぶねずみはぶるぶると身体を震わせて、水気を弾き飛ばした。


「これ、なんか……」


 汚れとぬめりと匂いが、きれいさっぱり消えていく。

 かばんは帽子をとって、いっしょに洗うことにした。


「あはっ」


 砂埃や黒ずみがとれて、もとの白い布地がよみがえる。

 ついでに髪も洗う。

 お湯をかけてから、ぶるぶると頭を振る。

 身体だけでなく、心まで洗われるような――


「これ、すっごく気持ちがいいね、サーバルちゃん!」

「……」


 隣を見ると、サーバルはお湯を入れた器を前に、ためらっているようだ。

 石鹸に手を伸ばすが、つるりとすべってうまく持てない。


「ううっ、お風呂、むずかしいよぉ」


 じたばたしているボスを押さえつけながら、ドブネズミが言った。


「サーバルはあまり器用じゃないずらな。かばんが手伝ってやるずら」

「あ、はい」

 

 サーバルは種族的に水が嫌いなようである。

 かばんはなるべくゆっくりとお湯をかけて、石鹸でやさしくこすりつけた。

 

「うひー」


 ぶるりとサーバルが縮こまる。

 

「サーバルちゃん、動かないでね」

「う、うん。がんばる!」


 手足に続いて、しっぽも洗う。


「うぎゃ!」


 続いて、頭と大きな耳。


「うみゅ!」


 目や耳に入らないように、慎重にお湯で洗い流す。

 

「ほら、すっごくきれいになったよ」

「っぷはー」


 サーバルは両手を握り締めて我慢していたが、たまりかねたように身体をぶるぶる振った。

 

「ボク、おふろ、大好きかも」


 泡をきれいに流れ落としたら、巨大な器の中にためたお湯の中に入る。


「あ~」

「ふにゃ~」

「ずら~」


 三者三様の声が出た。






 風呂場の手前にあった部屋には、奇妙なモノがいっぱいあった。

 レバーを捻ると水が出るパイプや、上に乗ると針が動く台座、熱い風が出る筒。

 ドブネズミによると、かなり昔に作られた遺物いぶつらしい。

 サーバルが特に気に入ったのは、透明な板が回って風が出る道具だった。


「あ゛~!」


 回っている板に向かって声を出すと、途切れ途切れの面白い声になる。

 身体が乾いたところで、事務室に戻り、みんなでジャパリまんを食べる。

 そろそろ上の階に戻って、電池を充電しなくてはならない。

 かばんはドブネズミに聞いた。 


「ドブネズミさんも、階段の穴から落ちてきたんですか?」

「いや、もっと小さな穴ずら」


 案内されたのは、廊下の突き当たり。

 扉を開けると、透明な袋に入ったガラクタの山があった。

 天井には穴が開いているが、先は見えない。


「壁にあった小さな穴に入り込んだら、そのまま、すとーんずら」

「ここは、ダスト・シュートの底だネ」


 ボスが説明してくれた。


「上からゴミを落として、まとめるところだヨ。搬出口はんしゅつぐちは、埋もれているみたいダ」

「オラは、ゴミを捨てる穴に落ちたずらか……」

「他に出口はないんですか?」


 ドブネズミは首を振る。


「オラも、ずっと探しているずらがなぁ」


 数ヶ月間ここで暮らしているということは、見つかっていないのだろう。


「あ、気になる場所が、ひとつだけあったずら」

「え、どこですか?」


 再び事務室に戻る。

 部屋の隅に、入口とは別の扉があった。

 その先は、小さな空間。構造的には廊下とつながっているようだが、瓦礫で通路が分断されてしまっている。

  

「ほれ、この壁のへこんでいる部分」


 金属の板を二枚、貼り合わせたような扉があった。


「んで、このボタン」


 金属の扉の隣には、丸いボタンがついていた。

 ボタンには上を向いた三角形が描かれている。

 押しても反応はない。

 ボタンの下には、スリット状の穴があった。


「部屋の中にあった道具を、いろいろ試してみたずらが。ここだけは、どうしても開かなかったずら」

「そう、ですか……」


 かばんはがっかりした。


「ま、時間はいっぱいあるずら。オラだけでは考えつかなかったことも、あるかもしれねー。こーひーでも飲みながら、みんなで考えてみるずらよ」

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【第4.5話】れいくきゃっそー 箸拾稿 @sei

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