第6話

 トンネルには横穴があり、その先は無機質な廊下へとつながっていた。

 壁も床も平らで、灰色。

 天井には光を放つ丸い球が等間隔についている。

 それらは半分くらいが消えていて、残った半分も頼りなげに点滅していた。

 

「上に行く階段は、瓦礫で埋まってるずら」


 扉を開けると、そこは広い空間だった。

 ボスがぴょんとジャンプして、机の上に飛び乗った。


「ここは、レイクキャッスルの事務室だネ」

「じむしつ? そういう名前の部屋ずらか」


 会話をするボスを見ても、ドブネズミは驚かなかった。


「椅子はいっぱいあるから、好きなところに座るといいずら」


 かばんとサーバルが、おそるおそる椅子に座る。

 濡れた服が椅子の座面に触れ、ぐちゃりとする。

 

「うわぁ……」

「みゅう……」


 ドブネズミは戸棚からマグカップを三つとりだすと、中に茶色の粉を入れて、お湯を注いだ。


「どうぞ、ずら」

「ど、どうも、です」

「わぁ、なにこれ?」


 差し出されたのは、真っ黒な液体。

 湯気が出ている。


「あっ――」


 サーバルが目を輝かせた。


「わたし、知ってるよ。“こうちゃ”っていうんでしょ!」


 高原のカフェでアルパカに作ってもらった、「はふー」とする飲み物だ。

  

「いっただきまーす」


 ふーふーと息を吹きかけてから、笑顔で口に含んだサーバルだったが、


「……に?」


 数瞬後、顔をぎゅっとしかめた。


「にぎゃーっ!」


 黒い飲み物に警戒していたかばんは、まだ口を付けていない。

 

「にがい、にがいっ」


 涙目になったサーバルは、カップを置いて飛び跳ねた。


「かばんちゃん、飲んじゃだめ! それ――毒! 毒だよ!」

「ええ?」


 慌てふためくサーバルを尻目に、ドブネズミはひとり悠然ゆうぜんとした仕草で黒い液体を飲み込み、満足そうに吐息をついた。


「これは、毒でも“こうちゃ”でもないずら。“こーひー”という飲み物ずらよ」

「こーひー、ですか?」

「でも、すっごくにがいよ!」

「苦いのは、大人の味ずら。まあ、飲みづらかったなら――」


 ドブネズミはにこりと笑うと、細長い棒のようなものと、小さな器のようなものを差し出した。


「これを入れると、まろやかになるずら」


 それは、お砂糖とミルクであった。

 





 ひと息ついたところで、互いに自己紹介をする。

 

「へー、何の動物か調べるために、図書館に。ほー、サバンナ地方から。そぉれは大変ずらなぁ」

「わたしは、かばんちゃんの付き添いだよ」

「サーバルも偉いずら」

「えっへん!」


 ドブネズミの仕草やしゃべり方はゆったりとしていて、どこか安心する。

 そして、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーは、かばんのお気に入りとなった。

 サーバルは紅茶の方が好きなようだが。


「ドブネズミさん。このマークを知りませんか?」


 かばんが鞄から電池を取り出した。


「おー、どっかで見たことあるずら」

「本当ですか?」

「んだ。確か、三角屋根の部屋に、同じような絵が……」


 ドブネズミの生い立ちはというと、故郷から旅を続けて、ようやくのことで、この城にたどり着いたのだという。

 そして、かばんやサーバルと同じように、お城の上の階から落ちてしまった。

 戻り方を探しているものの、なかなか成功せず、以来、ずっとこの地下で暮らしているらしい。


「もう、数ヶ月になるずらか」

「え? そんなに!」


 食べ物や水はあるし、やわらかい寝床ねどこもある。けっこう快適なのだと、ドブネズミは言った。

 

「地下のわりに、広いですね、ここ」


 かばんの感想を受けて、ドブネズミも周囲を見渡す。

 四角い部屋だった。椅子や机がたくさんあり、本や紙が散乱している。

 部屋には入口の他に、もうひとつ扉があった。


「机と椅子が、七つ。おそらく七人、ここにいたずら」

「その人たちは、どこにいったのでしょう?」

「さあ。オラが来た時には、机も椅子も床も、埃だらけで。ずっと昔に、いなくなったずらろうなぁ」

「そうですか」


 サーバルが顔をしかめながら、自分の腕の匂いをかいでいる。


「う~、くさいよぉ」

「泥水、いっぱい被っちゃったね」

 

 かばんもげんなりしている。


「おめさんら。ずぶ濡れで寒かろう?」


 ドブネズミがうんうんと頷いた。


「よかったら、風呂にでも入るずらか?」

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