三話 花火の夜に


「よかった助かった……。」

「鬼だ……誰かの式神だよな?」

「人型の鬼⁈Aランク以上の式神じゃないか!!!すげー!」

「あそこにいる長髪の人の式神じゃない?」


 一瞬にしてヒズミノカミを倒した光景に、安堵と興奮と憧れが少年達を感情を揺れ動かし、様々な言葉へと変換される。


「おまえ達!凄い音がしたが何があったんだ!」


 騒ぎを聞きつけた数名の大人が少年達と元へ駆けつける。皆、神社の名前が入った服を着ていた。


「お父さん、あの人達が僕達を……」


 少年が指差した方向には誰もいなかった。


「……誰もいないじゃないか。」

「人型の鬼の式神が助けてくれたんだ!」

「でっかいヒズミノカミがでてきたんだよ!」

「ごめんなさい。僕達、扉を開いたんだ……」

「一瞬でヒズミノカミをやっつけたんだよ!」

「まてまて一斉に話すな!」

「ヒズミノカミはどこに行った?扉は何ともない……。ちょっと落ち着いたところで話を聞こう。」


 少年達は大人達とともに社の隣の建物へと姿を消した。

 ヒズミノカミが姿を現してから一分もかからず淡藤が速やかに修祓し、何事もなかったように元に戻したおかげか、祭りを取り仕切る大人が駆けつけた以外、特に騒ぎが起きるわけでもなく、祭は何事もなく続けられていた。


 隠形していた淡藤と黒紅が姿を現わす。


「危なく、面倒臭いことに巻き込まれそうでしたね。」

 と、人の姿に戻った淡藤はカラカラ笑い、黒紅は面倒くさそうにため息をついた。




「淡藤様、黒紅、そろそろ花火の時間だよぉ〜。」


 程なくして、月白を先頭に、雪、瑠璃姫、銀朱、茅丸、山吹に、茅丸に肩車された織部が淡藤と黒紅の元へ歩いてきた。各々の手には射的の景品や食べ物など持ちきれない程の荷物があった。

 どうやら仲良くなった射的屋のおじさんに、よく花火が見える穴場を教えてもらったらしく、みんなで今からその場所へ移動するようだった。

 移動途中、疲れ切った顔をして、茅丸の肩に大人しく乗っていた織部を、今度は淡藤が引き取り肩車をする。緊張して変な汗をかきながら背筋を伸ばし、失礼だからと淡藤の頭に手を置けず、ぐらぐらしている織部を見て、月白と茅丸と山吹が大笑いし、雪もつられて笑っていた。

 木々が生い茂る坂道、木材と土で作られている粗末な階段を登り切ると、開けた場所があり、すでに何人かの子供がいた。


「あー!兄ちゃん達もここに来たのかよー!」

「おう!ボウズ達もここに来てたのか!」


 山吹と茅丸に子供達が群がる。


「あの二人、子供に好かれるようで、たまたま射的屋で仲良くなりました〜。」

 月白が淡藤に耳打ちをする。

 子供達の手にも射的屋の景品と思われるおもちゃが何個も握られていた。


「紅時雨様、いくら祭りにお金をつぎ込んだのでしょうか……」


 思わず、淡藤から言葉がこぼれでる。


「一万円ぐらい?」

 雪が財布を見ながら答える。


「いや、多分もっとです。焼きそばとお好み焼きと水あめとかき氷と……とにかく食べ物を大量に買っていたのを、僕は見ました。銀朱様と瑠璃姫様はスイッチを入れるとピカピカ七色に光るものを何個も紅時雨様に買っていただいていたし……」

「織部だって、スーパーボールすくいに夢中になって何回もやっていたの、妾は見てたわ。」

「あんなに跳ねるボール、欲しくなるに決まってるじゃないですか……」


 銀朱の指摘にしゅんと頭を垂れる織部。瑠璃姫は無言で手首につけたピカピカを淡藤に見せる。

 淡藤は怒るわけでもなく、ニコニコやりとりを楽しんでいる。

 雪の隣に立っている黒紅だけは、不機嫌そうな顔をしていた。

 黒紅が何かを言おうと口を開きかけようとした時、夜空に大きな花火が打ち上がる。その場にいた全員が花火に心を奪われた。


「きれいね。」

「あぁ。」


 夏の空気を震わせる花火の音とともに呟いた雪の声は、黒紅だけに届いていた。



 花火終了のアナウンスが流れ、雪達は祭りの余韻に浸りつつ帰路についた。

 マンションの部屋に着くのはあっという間だった。


「それでは、そろそろ我々も戻りましょうか。紅時雨様、お受け取り下さい。今夜使った金額ぐらいにはなりましょう。」


 と、雪は淡藤から霊石を渡された。国が運営している霊石を売り買いできる施設に持っていけば、換金できるのだ。

 祭りで持ち帰った沢山のおもちゃは、半分は雪のマンションに置き、半分は七鬼が魔鬼の国の自分の住処へ持ち帰った。


 浴衣を脱ぎシャワーを浴びると、ふわふわした雪の気持ちが一気に現実に戻される。

 雪は寝室に行き、クイーンサイズのベッドに寝転び、うさぎのぬいぐるみを抱きしめた。


「今日は楽しかったね。みんなとお祭りに行けてよかった。」


 雪の言葉に肯定の返事をしながら、電気を消し、黒紅は床に座りベッドの側面に背を預け、目を瞑る。

 魔鬼の国の鬼は他の鬼とは違い、人間よりは少ない時間ではあるが睡眠が必要である。雪の選鬼になった黒紅は、雪の弱い霊力を補う役割もあるため、人間と同じぐらいの睡眠を必要としている。

 選鬼になり、このマンションで暮らし始めた頃の黒紅は、同じ部屋で眠ることを嫌がったが、今では同室で寝ることを受け入れるようになっていた。


「花火、きれいだったね。」

「あぁ。」

「黒紅と見れてよかった。」

「そうか。」

「花火ってなんであんなにきれいなんだろうね。」

「刹那的だからじゃないか。」

「刹那的?」

「一瞬の輝きだから、心を惹かれる。」


 ゴソゴソ薄い布の中で動き雪はうさぎのぬいぐるみと一緒に黒紅が寄りかかっているベットの側面まで移動をする。

 夜目が利く雪は黒紅の背をジッと見なから、そっと右手を伸ばす。

 指先が黒紅の背に触れる。

 薄い布の上から触れた黒紅の背中からは、金属のようなヒヤリとした冷たさしか伝わってこなかった。よく雪に触れてくる銀朱や瑠璃姫、他の七鬼も触れれば人のように暖かいのに、黒紅だけは体温がない。


「私もあの花火のように一瞬だけ輝いて……消えてしまいたい……」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱き締める衣擦れの音と、雪の霊力が弱々しくなるのを黒紅は感じた。


「辛いのか?」

「…………うん。」

「そうか。」


 黒紅は雪がいる方へ体を向けると、おもむろにぬいぐるみを掴み雪から引き離す。そして、雪の胸に指先を近づけると飴玉のような小さな灰色の塊が出てくる。

 雪は寝息をたて、眠りに落ちていた。

 小さな灰色の塊を指先で掴むと、黒紅は自分の口元へそれを持っていく。


「それを食べるのですか?」


 黒紅の動きが止まる。後ろには淡藤が立っていた。


「紅時雨様の霊力が著しく不安定になって、心配して様子を見に来てみれば……」

「関係ないだろう。」

「紅時雨様はあなたに触れてもらいたかったのでは?」

「はっ?俺に?腐りながら生まれた、穢れた体なのに?」

「そうです。」


 淡藤は黒紅から灰色の塊を取り上げる。


「これは紅時雨様の感情です。あなたが食べていいものではありません。」

「俺はこのやり方しか知らない。雪になんと言葉をかけていいのかすら分からない。それに、俺が触れても雪に冷たい思いをさせるだけだ。」

「それでもです。あなたでなければいけないのです。」

「……悪いが、今日は俺の思うようにさせてくれ。」


 淡藤の手にある、灰色の塊を手に取ると、黒紅は口に入れ飲み込んだ。

 黒紅の髪の毛に隠れた右半分の顔がズキンと痛む。


「まだまだですね、あなたも、そして私も。」


 淡藤の姿は消え、黒紅は雪の顔を見ることができないまま、痛みとともに眠りに落ちた。





 翌日、黒紅は雪の声で目を覚ます。


「黒紅おはよう。昨日、ベットに寝転んだところまでは覚えているんだけど、すぐに寝ちゃったみたいなの。昨日は楽しかったね。またみんなで花火見に行こうね。」


 そう言いながら、雪は微笑むのだった。


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雪と式神と花火の夜 只野葉月 @hadu_pi

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