つむいで、そめて。

針衛門

はじまり。

「プスッ。プスッ。プスッ。…。」

 なすに爪楊枝を4本突き立てるとあら不思議。四足動物に見える。

 日本ではお盆の日になすやらきゅうりやらに足をつけておくと、これに御先祖様が乗っていくんだそうな。 ロマンチストな私のおばあちゃん、染谷そめたに きぬには白馬でも準備してあげようと白いきゅうりを探したけどなかった。代わりに大根に足をつけたら、白馬というには程遠い、ずんぐりむっくりモンスターになった。きっと絹ばあちゃんはRPGの主人公にでもなった気分であの世へと帰るだろう。

織己おりこー!!あんた、大根持ってったかと思えば何してんのよ、まったくもー!」

「いやだわ、麻与あさよおばちゃん。絹ばあちゃんが無事に帰れるようにだよ。頑丈でしょ。」

「まあ。おばあちゃん、びっくりしちゃうんじゃないかしら…。あ。そんなことより、チューハイ冷やしてるわよー。」

「おっ!ありがとー。」

 パタパタと廊下を駆ける麻与おばちゃんの背中に感謝の言葉を投げかけ、絹ばあちゃん専用モンスターを仏壇に置いて手を合わす。

 無事に帰れますように、なむなむ。私は晩酌に行ってきまする。


 リンリンと鈴虫の音を聴きながら、チューハイをグビグビっとあおり「プハーッ!」なんて言わない。だって、レディですもの。

 おつまみにどうぞと持たされたおはぎをチューハイといっしょに縁側でいただく。

 ピーチ味のチューハイとおはぎの餡子と餅で口の中が複雑である。いっしょに食べるもんじゃないなこりゃ。

 昼間は暑かったけど、暗くなるとだんだんと風が気持ちよくなってきた。そよそよと風が肌をなで、心地いい。

 口の中が気持ち悪いまま、黄昏てるとなんだか、しんみりしてきた。

「絹ばあちゃん、さみしいよーって織己が言ってるよー。…なんつって。」

 そんなひとりごとをぼやき、またチューハイをクイッとあおる。

 おつまみのおはぎも1個しか貰ってなかったので、コンビニで買ってきたスナック菓子でも持ってくるかと「どっこら!」なんていいながら立つ。私も歳ね…なんて思う23歳である。

「じゃりっ。」

 ちょうど、外から砂利を踏む音がしたんで猫かと思って見たら男の子だった。

 男の子の方もお盆だったのか、正装である。年長さんか、小学校低学年くらいか、白いシャツに黒のハーフパンツにサスペンダー。パッツン前髪がちょっと可愛い。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 近所の子かは知らんが、時計の針も22時を過ぎている。帰らせなければ。

「ぼくー、どしたー?おうちに帰りなー。」

 隣の家からガハハハとおっさん達の笑い声が聞こえる。親戚で呑んでいるのか賑やかである。男の子もうるさくて、出てきたのであろうか。それはそれで可哀想だが、今の世の中物騒なんで、いくらアットホームな田舎でも気をつけねばいけないだろう。

 ふと昼に麻与おばちゃんが作っていたきゅうりの馬が目にはいった。

 馬といってもきゅうりに4本爪楊枝で足をつけただけである。

「ぼく、これあげる。」

 きゅうりの馬を鷲掴んで、男の子へ突き出すと、じゃりじゃり音をたてながら近寄ってきた。

 暗くてよく見えなかった顔が、部屋の照明に照らされる。大きなちょいとつった目で、じっときゅうりの馬を見てる。

「ぼくのとこもお盆だったんでしょ。この馬を置いておくと、御先祖様が無事にあの世へ帰れるんだってさ。持って帰っていいよ。」

 そう言ってやると、こくんと頷き、小さな白い手を前に出してきたから贈呈してやる。

「…ありがとうございます。」

 幼いながらにりんと通る声で、深々と頭を下げお礼を言うから、こっちもどういたしましてと負けじと頭を下げた。


 近所かどっかの家の男の子は、私よりもしっかりして見えたが気にしない。

「気をつけて帰れよ、少年。」と見送ったら、また深く頭を下げて帰ってった。

「めっちゃいい子やんけ。」

 田舎っていったら、ガキ大将オンパレードのイメージがあったが、今は礼儀正しい坊っちゃんもいるらしい。

 名前も知らない男の子に感激しながら、そそくさとスナック菓子を取りに立った。

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つむいで、そめて。 針衛門 @hari_389_hari

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