第97話 転生者は異世界で何を見る? -学者-

「おっと、そうだった。ネッツという人からの依頼で冒険者ギルドから来ました誠と言います。

 倒れられてましたけど、大丈夫ですか?」


 目の前の人物がネッツ本人だとはわかってはいるが、【鑑定】がなければ窺い知ることはできない情報なので本人確認の意味も含めて自己紹介をする。

 ついでに急いでいるからと言って、魔力を人間に注いだりして問題ないのかも気になっていた。

 別の世界の宮廷魔術師がやってたからそこまで問題はないだろうと思ったが、自分でやるのは初めてなのでちょっと気になった。

 隣ではフィアと瑞樹も自己紹介している。


「おお、これはこれは……。ギルドの方でしたか。

 いや無様なところを見せてしまいました。私が依頼を出したネッツです」


 床に座り込みながらも軽く頭を下げて自己紹介する。

 そこでふと気づいたように両手を閉じたり開いたり、体調を確認するように肩を回したりしている。


「……ふむ。いつもと違って今回は調子いいみたいですね。

 ええ、体調は問題なさそうです」


 ほうほう、俺の魔力注ぎ込みは問題ないようだ。むしろ調子がいいらしい。多少魔力も回復しただろうし、その影響かな。


「あ……、ところで、このあたりに黒い石が落ちてませんでしたか?」


 恐る恐るこちらの体調でも窺うようにネッツが確認してきた。自分が意識を失った原因の所在は気になるところだろう。


「それなら部屋の隅っこに転がってますよ」


 俺の左後ろ、ネッツの右前方の部屋の隅を指さす。


「ああ、よかった。あの距離なら大丈夫そうです……」


「もしかして依頼の内容はあの石の運搬でしょうか?」


「はい、そうなんです」


 ネッツさんの話によると、自分はあの魔石を研究している学者だそうだ。

 近づくだけで倦怠感に襲われる魔石なんて今までに聞いたこともなく、非常に興味をそそられる魔石なので冒険者に依頼をして自宅まで持って帰ったまではよかった。

 が、運が悪くというかなるべくしてなったと思わないでもないが、自宅近くで遊んでいた子どもが倒れる現象がちらほら起こってしまい、不審に思われていて居心地が悪いとのことだった。

 この家が原因だとはまだ断定はされていないが、周辺住民から直接苦情が来るのも時間の問題といったところだ。


「それで引っ越しね……」


「ええ、家はもう確保してあって、荷物も大体は向こうに持って行ったんですがね……。この魔石だけはどうしても自分で運べない上に、街中を持ち歩いたりすれば……」


 下手すると大惨事になりかねない。つーかそんな危険物持ち込むなよ。


「そんな危ないモノ、なんで持ち込んだんだよ……」


 瑞樹も呆れ顔だ。俺たち日本人の感覚からすると、危険物持ち込み禁止みたいなルールを想像するが、この世界は違うのだろう。

 フィアも若干呆れているようでため息をついている。


「いやー、木造建築と違って我が家は頑丈ですからね。問題ないと思っていたんですが、どうやら石では防げなかったようで……」


 当たり前である。空気中にも漂う魔力が、隙間から出入りしないわけがない。存在するかどうかわからないが、魔法を防ぐような結界でもなければ無理なんじゃないだろうか。


「何言ってんですか。隙間だらけじゃないか……」


 薄暗い室内を見回しているが、その室内の明るさは均一ではない。壁の隙間から外の光が入り込んでいる。

 さすがに雨漏りまではしないと思うが、天井と違って壁は明らかに隙間があった。


「――そ、そうか! 密閉容器ならもしかして……!」


 瑞樹の言葉にハッとしたように顔を上げると、俺たちとの会話の途中だというのにもかかわらずブツブツと独り言を始める。

 密閉容器と言ってもこの世界の技術力で作れるもんかね。どっちかというと、魔力を遮断する箱のほうが存在しそうな気がする世界だ。


「あー、まあ、持ち運びについては問題ない。俺が引っ越し先まで持って行くから」


 立ち上がって魔吸石の置いてある部屋の隅までスタスタと歩く。


「――あ、おい! 近づくと危ないぞ!」


 さすがに目の前に座っていた人物がいなくなったことには気づいたのだろう。自分から離れて魔石の元へ向かう俺に注意する。

 だがしかし、ネッツさんが思考の奥深くから戻ってくるのを待つ気はさらさらないのだ。さっさと仕事を終わらせたい。

 おもむろに魔吸石を拾い上げるとネッツさんへ見せるように向ける。

 触れた瞬間に吸われる魔力が増大するが、自身の魔力を制御して魔吸石へと流れないようにする。

 そして魔吸石をズボンのポケットへと入れるふりをしながらアイテムボックスへと収納した。


「これで問題なし」


 両手をひらひらとさせて何も持ってないアピールをする。

 卓球のピンポン球程度の大きさの魔吸石ではあるが、そこそこゆったりしているとはいえズボンのポケットに入れれば盛り上がって目立つはずだ。

 だがネッツは俺の顔を驚愕の表情で見ているだけで突っ込んでこない。

 しかしさすがに瑞樹にはバレたようで、魔吸石を入れたポケットを凝視している。


「……今、直接、触ってなかったか? というか、ポケットなんて密着する場所にあれば……」


 あまり大っぴらにするつもりはないが、だからと言って隠す気もあまりない。何せ元の世界に戻れば関係ないんだし。


「さて、他に魔石はないですか?」


「あ……、ああ。それ一つだけだ」


「それじゃ行きますか」


 聞きたいことがありそうなネッツだったが、無視して家の外へと出るのだった。

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