第47話 おみやげ

「マコト!」


 隣に座るフィアがいきなり大声で名前を呼んだかと思うと、スマホをテーブルに置いた俺の手をギュッと包み込むようにして胸にかき抱く。


「な、なんだいきなり!」


 ほとんど両手に包まれてはいるけど、ちょっとだけ感じるやわらかい感触に、手だけでなく自分自身も幸福感に包まれたような錯覚に陥る。

 ――はっ、いかんいかん。


「私も……、すまほが欲しいです!」


 キラキラとした瞳を潤ませながら上目使いで懇願するフィア。

 ぐぉっ、これはかなりの威力だ。ヤバい……、非常にヤバい。思わず買ってあげてしまいたくなる。


「……ダメです」


 しかしそうホイホイと買い与えるものでもない。何せ毎月の支払いが発生するのだ。


「……どうしてもですか」


 ますます瞳を潤ませて俺の手を包んだ両手を胸に押し付けるフィア。

 いやいや、だからやめなさいって!


「……スマホは一回買えばそれで終わりじゃないんだよ。毎月お金がかかるんだよ」


 フィアはおそらく『電話』をしたいんだろうが、それには月額料金がかかる。まぁ無料で通話する方法が他にもないわけではないが、わざわざ説明するのも面倒だし、第一フィアにスマホはまだ早い。


「そうなんですか? であればちゃんとお支払いいたしますので問題ないですね」


 いやいやいやいや、大ありでしょ。


「……金貨や銀貨じゃダメだよ?」


「――えっ!?」


 俺の言葉にフィアの表情が固まる。

 いざ買うとなれば俺名義になるだろうが、金貨とか渡されても換金方法がダメな気がする。

 数回であれば貴金属買取にでも出せばいいだろうが、定期的にとなると怪しまれそうだ。

 ……あ、小太郎ならそういう伝手つてないかな? スマホ云々は置いといて、今度聞いてみるかな……。

 せっかくの異世界だし、ここはお金持ちになるテンプレをなぞるのもいいかもしれない。


「金はこっちの世界でも貴重品だから換金は可能だけど、定期的にっていうのはちょっと怪しまれる可能性がね……」


「……そう、ですね」


 俯いて肩を落とすも数秒のことだっただろうか。キッと顔を上げると何かを決意した表情でキッパリと告げる。


「でしたら……、私、ここで働きます!」


「ええっ!?」


 仮にも王女様でしょう。働いたことあるのか……と思ったが、よくよく考えると元々ゲームのオープニングでやっていた、兵舎訓練場でのプレイヤーその他たちへ向けての激励なんかは仕事と言えなくもないかな。

 いやそれにしても、一般的な仕事というのは経験がないように思えるが。

 というかここ・・って、まさか俺んちじゃないよね……。それ以前にだ。


「まさかこっちの世界に居座る気じゃないよね……」


「えっ? ダメなんですか……?」


 俺の言葉がトドメになったのだろうか、瞳にたまった潤い成分がツーっと流れ落ちる。


「いや、えっと……ああ、そうだ。せめて両親の許可をだね……」


 とうとうフィアの涙に耐えきれなくなった俺は、苦し紛れによくわからないことを口走っている。

 なんだよ両親の許可って。国王と王妃に『誘拐犯のところで働かせてください』ってお願いするフィアという光景が浮かんできた。なんというカオス。


「ホ、ホントですかっ!? お父様とお母様の許可がもらえればいいんですね!?」


 胸に抱えていた俺の手を上下にブンブンと振り回しながら念を押してくる。


「あ……、ああ」


 勢いに押されて頷いてしまったが……、まあいいか。どっちにしろ許可なんてされないだろう。

 むしろ誘拐だけでは飽き足らず洗脳までしおって! とか言われないかふと想像してしまって背筋に冷たい汗が……。

 いかん、ネガティブ思考はやめよう。うん、そんなに悪いことにはならないって。……ハハハ。


「では今すぐ帰りましょう! ――おみやげ持って!」


「はい? おみやげ?」


 さっきまで瞳にたまっていた潤い成分などかけらも見られない真面目な表情で力説している。

 おお、そうか。おみやげか。万が一誘拐犯にされた場合の賄賂というか保釈金替わりにもなりそうだな。うむ、悪くない。

 よし、科学の叡智を詰め込んだアイテムを用意しようじゃないか!


「そうです、おみやげです! 私コレがいいです」


 と言って意気込んだ俺に水を差すように差し出されたソレは……、ソーラーパネルのついた充電式LEDライトだった。


「えっと……」


 ソーラー式LEDライトといってもピンキリあるが、フィアが手に持っているのは安物のキーホルダータイプだ。五、六時間の充電でだいたい三十分点灯といったところか。

 しかし国王へのおみやげで安物を進呈するというのはちょっと抵抗がありすぎる。


「いや、さすがに安物は……。三十分くらいしか光らないよソレ……」


「そうなんですか!? それでも……、十分すごいですよ」


「そ、そうか。ならコレと、もうちょっといいやつも持っていくか」


 こうして誘拐犯に仕立て上げられるかどうかという瀬戸際の緊張を感じることもなく、フィアの世界へと戻るのであった。

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