第35話 風呂

「はー、面白かったー。

 ――あれ? マコト、どこ行ってたんですか?」


 風呂の用意をあれこれして戻ってきたら、ちょうどフィアが最終巻を読み終わったところだった。

 しかし読むの早いな。まだ四分の一残ってたと思ったが。

 にしても普通に読み終わったって感じだな。登場人物が知ってる名前だらけでおかしいとか思わないのかな。


「ああ、ちょっと準備をね。

 ……ってか、読み終わった感想がそれか。見知った名前ばっかりで疑問に思わないのか……?」


 俺の問いかけに不思議そうに小首を傾げるフィア。

 と思っていたら急に目をキラキラさせて興奮した様子に早変わりする。


「――そう、そうなんですよ! すごいです!」


 いやいや、何をそんなに興奮してるんですか。そのセリフ今日何回目かね。


「こちらの世界の人々は、他の世界のことまで把握しているんでしょうか! まさに歴史書といった感じですよね! これ!

 子どもに親の名前を付ける事なんてよくあることですし、まさに歴史は繰り返される、とでも言うのでしょうか!」


 椅子から勢いよく立ち上がり、小説を胸元に抱きながら力説するフィア。まさに、遥かなる歴史に思いをはせるといった感じに見えなくもないが。

 しかし、そうくるか! まったくもって予想外だよ!

 なんかこう、不安になったり急に泣きだしたりとか、最悪俺自身が怖がられるかもとか考えたりしてたんだけど、慰めの言葉とか考えてた自分があほらしい。


「いや……、まあ、そんな感じだ。悪い奴らの正体もわかったことだし、さっさと問題解決してこっちの世界で行方不明になってるらしい二人を元の世界に戻してやろう」


「はいっ!」


 力強くうなずくフィア。もともとファンタジー世界の住人だから、人間が召喚されたとかいう話を聞いても不思議に思わないのかもしれないな……。

 というか、フィアが考えていることが世界の本当の姿だっていう可能性だってあるんだ。予想と違う反応だからと言って一蹴するのもよくないな。


 ……そういえば俺もスキルに召喚魔法があった気がするけどどうやったら使えるんだろうな。本当に他の世界から呼び出したりできたりして。

 うーむ。まぁ今はやることあるし保留でいいか。暇になってから研究するとしよう。


「ところで、なんの準備をしてたんですか?」


 おう、そうだった。風呂だ風呂。


「ああ、風呂の用意をしてたんだ。日本人たるもの風呂に入らないと一日が終われないからな」


「お風呂……ですか?」


「そそ、フィアはお風呂って知ってる?」


「ええ、もちろん。貴族階級以上の屋敷や高級宿くらいにしかお風呂はありませんでしたが、ちゃんと知ってます。

 ……って、えっ!? マコトの家にはお風呂があるんですか!?」


 胸元の小説を落としそうになるほどに驚きながら叫ぶフィア。

 そんなに驚くことかね。風呂なんぞどこの家にでも……って、貴族か高級宿ね……。


「マコトって、貴族だったんですか……?」


「はい?」


「だって……、お風呂ってお金のかかる設備なので……」


「ああ、フィアの世界じゃそうなんだったな。こっちだと風呂は一般的だな。むしろ風呂なしの家を探す方が難しいくらいに」


 探せばそんな家もあるが、探さないと見つからない程度には少ないはずだ。


「そうなんですね……。やっぱりこの世界はすごいです」


「とりあえずだ。

 風呂場の使い方でも教えようか」




 トイレで一悶着あったので風呂の説明はどうなるかちょっと不安だったのだが、思ったよりスムーズに終わった。説明だけは・・・・・

 洗面台にあるものと共通のものが風呂にあるので、全部説明する必要がなかったのが大きい。シャワーとカランの切り替えや、お湯の出し方などがそれだ。

 あとはシャンプーリンスの使い方だな。男の一人暮らしの風呂なので、トリートメントやコンディショナーなどというものはもちろんない。まあフィアの世界からすると、リンスだけでも髪質は今よりよくなるんじゃなかろうか。

 いやまあ、そんなことはどうでもいい。


「で、今なんて言った……?」


 聞き間違いかと思い再度問いかけるのだが、頬を真っ赤に染めながらもじもじするフィアの口から出るセリフが変わることがなく、先ほどと同じものだった。


「ですから……、責任を取って、一緒に……、お風呂に、入りましょう」


 はあっ!? またそれかよ! いったい何の責任なんだ!

 っつーか普通逆じゃね!? 男湯と女湯が入れ替わるとかいうテンプレあるあるだと、風呂場で鉢合わせて裸を見られた責任を取れとかさ! 普通そっちじゃねーの!

 なんで責任とって一緒に風呂入るのさ!


「……意味わからん」


 フィアの立場や状況がなければぜひ喜んで! と返事したくなるところではあるが、ここは自重しないとまずい。

 ただでさえ誘拐犯になるかどうかの瀬戸際だというのに、追加でレイプやら強姦やらの罪を着せらなんぞすればたまったもんじゃない。

 しかしだな、その恥ずかしそうに誘う様子には抗いがたいものがあるな……。ちょっと、これはやばいぞ……。反則じゃねーかこれ。

 抵抗力が残ってるうちにさっさと退散するしかないな。


「とにかくだ、恥ずかしいなら無理せんでよろしい。先に風呂入ってきなさい」


 諭すようにフィアに告げると、そそくさと回れ右して部屋に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る