第36話 ベッド
遅い。
一番風呂をフィアに譲ってかれこれ一時間半だろうか。何度か様子を見に行こうかとも思ったが、ハプニングが起きる可能性を考えるとどうも行動には移せなかった。
とは言え、女の子のお風呂というのは長い物だという気がしないでもない。ましてやお姫様が一人でお風呂に入るということがあるのかも疑問だ。
常に侍女やらお付きの人がいるかもしれないことを考えると、慣れない一人風呂で時間がかかっているだけかもしれないし。
などと一人で悶々としていると、ようやくお風呂が終わったのか、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「はいどうぞ。我が家の風呂はどうだった?」
ガチャっとドアを半分ほど開けると、向こう側からフィアが顔だけ出している。
「あ……、とっても、気持ちよかったです……。
あの……、私の荷物取ってもらえますか……」
長いことお湯に浸かったせいなのか、真っ赤に火照った顔でピンク色に染まった腕をドアの向こうから伸ばしてテーブルの上を指さしている。
「荷物? ああ……、ほら」
行方不明になったという二人についての情報を表示したままのパソコンの前から立ち上がるとテーブルの上の荷物を渡してやる。
「……ありがと」
一言だけそう呟くと荷物をひったくるようにして去っていった。
「…………」
俺は無言で目頭を押さえる。
見えてしまった。たわわに実った形のよいミカンほどの果実が片方だけ。大きくもなく、小さくもなく、体型に合ったちょうどいいサイズとでも言おうか。
風呂行く前に着替えくらい用意しとけよ……。つーかせめてバスタオルくらい巻いてくれれば……。
ここはお城じゃないんだから、着替えが自動で用意されてるなんてことはないんだぜ。
まあいいもの見れたとでも思っとくか。眼福眼福。
コンコン。
唸り声を上げながら先ほどの光景を思い出していると、もう一度ドアがノックされた。
「……どうぞ」
ひと声かけると、何事もなかったかのようなすまし顔を赤く染めたフィアが、お風呂の前と同じ水色のワンピース姿で入ってきた。
素を装っているがその赤い顔のせいで隠しきれていない。
完全に乾ききっていない腰まである濡れた髪が妙に色っぽい。
「……お風呂、上がりました」
「我が家の風呂はどうでした?」
こちらもさっきの出来事はスルーして差し上げよう。下手に突っ込むとまた責任がどうのこうの言われそうだし。
「とっても気持ちよかったです……。お風呂もそうですけど、こちらの世界はすごいですね……」
「そうかな。まあ俺からすれば当たり前だからだけど……。でもこれくらいがこの世界……、というかこの国じゃ一般的だな」
「そうなんですね……」
「それよりもだ。同じ服なのもあれだし、妹の部屋で適当にパジャマっぽい服でも勝手に選んで着替えていいよ。
夜も遅いし、そのまま妹の部屋を使ってくれたらいい」
ベッドも布団もそのまま残ってるし、フィアが寝る分には困らないだろう。
たまにこの家に妹が帰ってくることもあるおかげか、妹の部屋は寝起きする分には困らない程度の家具が残ったままだ。
「……はい。わかりました」
残念そうに肩を落としているが、それでも素直に返事をするフィア。
「じゃ、俺も風呂行ってくるから。おやすみ」
「おやすみなさい」
二人で部屋を出るとドアの前で別れて俺は風呂へと向かう。約一週間ぶりの風呂だ。あまりゆっくりする時間もないが、じっくりと堪能するとしよう。
何事もなく無事に風呂から上がると体を拭いてパジャマに着替える。
風呂に入っている間、多少は警戒していたのだが、残念ながらフィアが突撃してくることはなかった。いや別に期待してたわけじゃないからね?
照明を消して脱衣所を出ると、キッチンに寄って麦茶を飲んでから自室へと向かう。
気配を探ってみるが問題ないようだな。フィアはちゃんと妹の部屋で寝てるようだ。俺のベッドでフィアが寝てる可能性を考えたんだがどうやら杞憂だったようだ。
ドアを開けて部屋の照明のスイッチを入れる。うむ。ちゃんとベッドは空だ。さて、明日も早いしさっさと寝るとしますかね。
そのまま自分のベッドへと潜り込む。
ああー、ベッドがやわらけー。布団があったかい。久々の我が家のベッドが気持ちよすぎるぅ~。
城の客間のベッドもまあそこそこだったけど、さすがに現代科学の叡智を集結させたこちらの世界のベッドには敵わないね。
それじゃ、おやすみなさい。
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