第34話 黒幕は

「あーーー、つかれたーーー」


 自室のベッドの上で大の字に寝転がったままの俺の口から呻くような声が思わず漏れる。

 まさか本屋近くの位置の駐車場から目当ての本を買って帰るまで四時間近くもかかるとは思わなかった。


 自動ドアに一喜一憂し、エスカレーターで転んで、エレベーターでは閉じ込められたと泣き出す始末。

 本屋までの道のりで通り過ぎる店舗はそう多くなかったが、店舗が変わるたび、陳列商品の種類が変わるたびにフィアが立ち止まり、ふらふらと彷徨っては見失いそうになっていた。

 さすがに明日の朝までには戻らないと怪しまれるので寄り道してる時間はないと窘めたのだが。


「では迷子にならないように手を繋いでいてください」


 というセリフと共に手を繋がれることになるとは思わなかった。金髪碧眼美少女で目立つフィアと手を繋いだりすればこちらにも注目が行くのは必然であり、なんとなく居心地が悪かった。

 ようやく本屋に到着したが、さすがに店の中の通路は狭く手を繋いで歩くわけにもいかずに別行動することとなった。

 そこからは比較的スムーズに事が運んだのは幸いだっただろうか。……あくまでも本屋に到着するまでの出来事に比べてだが。


 当のフィアと言えばパソコンの前の椅子に陣取っており、一生懸命に小説を読みふけっている。

 そう、くだんの作品である『アンデッドになるために召喚されたわけではありません!』である。


 一緒に本を買いに言った時点でどんな本を買ったのか聞かれるのは当たり前のことだ。それ以前になぜ本屋に来たのかも疑問視するところだろうか。

 そんな疑問を誤魔化せるとも思えず、「読めばわかる」と言って一巻を差し出したのだ。

 自分の世界がこちらの世界の人間の創造物かもしれないと気づく可能性もあったが、そこはもうなるようにしかならない。

 数ある平行世界の中で作品と似たような世界へ行けるだとか、他にも理屈をつけることもできるのだ。

 ただ、何が本当のことかどうかという証明ができないだけで。


 益体もないことを考えながら真剣に小説を読むフィアを見ているが、たまに「おお~」とか「ふええ」とかよくわからないが感心? したような声が漏れている。

 このまま寝転がりながらフィアを眺めているのも悪くないが、時間もないので俺も続きを読むことにしよう。幸いにも完結してくれていてよかった。全四巻だったがまあ明日の朝に帰るまでには読めるだろう。

 ……こうして勇者の戦いは続くのだった。とかいう終わり方さえしていなければ。


「いかん、変なフラグを立てるのはやめよう……」


 起き上がってテーブルの上に置いてある二巻を手に取る前に、集中しているフィアに気づかれないようにそっと自室を出るとリビングに向かう。

 コップ二つと麦茶を入れた二リットルのペットボトルを持って部屋に戻る。

 小説を読むときは飲み物が手元にないとね。もちろん飲み物だけだ。手でつまむお菓子なんてものは論外だね。本が汚れるし。


 さてと、続きを読むとしますかね。




 時間もないため晩飯をインスタントラーメンなどで済ませつつ、最後まで読み切ったときにはもう時計の針は二十一時を指していた。

 ちらりと横を見ると、フィアも最終巻を残すところあと四分の一ほどになっている。

 フィアも最後まで読めそうではある。


 さて、結論から言おう。

 フラグは……、立っていなかった。

 うむ。よかったよかった。


 しかしまあ、黒幕が近くにいてよかった。

 城の中にいて召喚した勇者が寝泊まりしていた区画にまで襲撃をかけられたのだ。内通者が城内の中枢にいたとしても不思議ではないだろうが、まさか本人だとはね。

 いくらなんでも、「それで大丈夫なのか!?」と思うところはあるが、これもご都合主義というやつだろうか。

 ぶっ飛ばしたあとでハッピーエンドを迎えるのだから問題ないのだろう。幹部とか他の町や国にいないようだったし……。

 しかしこれでよく四巻まで出す気になったな……。実際に二巻の後半からは読むのが苦痛だったが、敵の情報が載っているものを飛ばして読むわけにはいかず……。


 だがどうにか自宅に戻ってきたもうひとつの目的も実行する時間は取れそうである。本来の目的であった、誘拐犯にされているかもしれない誤解を解くという目的と双璧をなすといっても過言ではない。

 どうやら邪教徒の世界では一般的ではなかったのだ。一週間近くも入らないままというのは気分的にも気持ち悪くて仕方がない。

 毎日お湯で拭いていたとはいえ、日本人にコレは欠かせないものなのだ。


 ――そう、風呂である。


 決してフィアの反応が楽しみであるとか、ましてやラッキースケベを狙っていたりはしない。断じてない。ないったらない。

 そんなことになればフィアを元の世界に返すときにさらに面倒なことになること請け合いである。


「まあ、お湯入れてくるか……」


 心の中で変な言い訳をしつつ、風呂場へ向かうのであった。

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