第14話 誘拐
「え? そんなことでいいんですか?」
てっきり「くれ」と言われるものだと身構えていたところに、あっさりとした要求だったためか拍子抜けした返事になってしまう。
つか、あのとき訓練場に確かに王女様はいたけど、あの距離で俺が持ってたのが本だとわかったのかな? あー、でも自分と視力を比較しちゃダメだよね。世の中には視力6.0とかの人もいるんだし。
「……やっぱり! はい、見せていただけるだけでかまいません」
ん? やっぱり? 確証がなかったってこと? 誘導された気がしないでもないけどまあいいか。俺もこの本のことは気になってたし、知っているんならついでに教えてもらおう。
でも次からは引っかかっても大丈夫なようにダミーの本でも仕込んでしらばっくれるようにしようかな。生憎と手持ちにはこの本しかないし。
「それならいいですけど……、この本のことご存知なのでしょうか?」
足元に置いていたリュックから取り出すふりをして、アイテムボックスから本を取り出すと「どうぞ」と声をかけてテーブルの上に置く。
その本を見た瞬間、フィアリーシス王女の顔が期待に満ちた表情になり、それをこちらにも向けてきた。
うん、やっぱり王女様かわいい。
「ありがとうございます。
知っているというか、以前に連れて行ってもらったことがあるんです……」
頬を染めながら本を手に取り、パラパラとめくっていく。
今のありがとうは、本についてだよね? 決して心の声が漏れてたわけじゃないよね?
「連れて行ってもらった……?」
「はい。……それで、大変失礼だとは思うのですが……、私もぜひ連れていってもらえないでしょうか……?」
手に持っていた本を一旦テーブルに置いて、真面目な表情でこちらを見つめてきた。
「……はい?」
何を言ってるんだこの王女様は。連れて行くってどこへ? ……え、どうやって連れて行くの?
自分以外もこの本を使えるなんて考えたこともなかったけど、そんなことが可能なのか……。いやでも王女様の話だと以前行ったことがあるって……。
「あ……、えっと……、その本で、世界を渡れるのですよね?」
激しく勘違いをしてしまったのかと思ったのか、恐る恐る問いかけてくる王女様。
若干の上目遣いになっていて瞳が潤んできている気がする。
「……違うのですか?」
王女様の表情に見とれていてなかなか返事をしなかった俺にしびれを切らしたのか、必死の表情で訴えかけてくる。
「え、あぁ……、いや自分一人でしか使ったことがなかったもので……。他の人間も移動できると考えたことがありませんでした」
「そうなのですね。でも大丈夫です。以前私が連れて行ってもらったときは、先行した私の後に本の持ち主が現れましたから」
つまりあれか、この魔法書の持ち主以外が使っても魔法書はその場に残ったままということなのか。っていうかこいつ持ち主を認識してるってことなのか?
考えてもわからないがまぁそういうことなんだろう。確かに俺が移動したあと、開いていた魔法書を閉じた覚えはないのに、閉じた魔法書を手に持っている状態にいつもなっている。
持ち主である俺についてきているということだろうか。
「……なるほど」
ゲームでもそれなりに登場することが多く、ヒロイン的存在でもあるキャラクターだ。変な嘘は言わないと思うが、すでにゲームにはなかったイベントに巻き込まれている真っ最中である。
何が起こっても不思議ではない――と、そこまで想像してからゲームのキャラクターがリアルに日本を闊歩するシーンを想像し、よくあるセリフがふと浮かぶ。
――フィアリーシスは俺の嫁――
二次元じゃなくてリアルだな……、とくだらないことを考えて苦笑していると。
「……どうかしましたか?」
目の前の王女様が首をかしげて問いかけてきた。
「あ、いや、気にしないでください」
しかしどうしたものか。他の人間も移動できると考えたことがなかったとはいえ、むしろこれはある意味チャンスではないだろうか。
他の人間が使用しても問題がないのか、自ら実験してくれると思えばそれはそれでメリットなのでは。
「はい……。あの……、それで……」
俺がしばらく考え込んでいると沈黙に耐えられなくなったのか、王女様がおずおずと俺の機嫌を窺うように声を上げる。
「あー、うん……。かまいませんよ」
まあ本音を言うと、かわいい王女様には勝てませんでした。
「ほ、本当ですか!! ありがとうございます!!」
俺の言葉を聞いた瞬間に、ぱあっと表情を明るくして身を乗り出し、胸の前で両手を握り締める王女様。
そんな様子に微笑ましさを感じつつ、テーブルの上の魔法書の魔法陣が描かれたページを開いて王女様へと差し出した。
「ではどうぞ、ここに手を置いてください」
俺の言葉に期待と若干の不安が入り混じったような表情になり、恐る恐る魔法陣へと手を伸ばす王女様。
その手が魔法陣へと触れたとたんに、王女様の姿が描き消えた。
話の通り、テーブルの上にはまだ魔法書が残っている。
「ふむ。特に見た目は変わらないか……」
しばらく観察したのちに、俺も魔法陣へと手を伸ばした。
「あわわわわ……」
横に目を向けると、パソコンの画面を前にあたふたするフィアリーシス王女がいた。
部屋に突然現れた俺にも気づかず、キーボードに触りたいのか触りたくないのか手を出したり引っ込めたりさせている。
いつものように電源を付けたまま放置していたパソコンだが、モニタは消えていたはずだったがはて? あぁ、王女が触ったからモニタが付いたのかな。
王女はそのまま視線を落としてキーボードを見やる。隣にあるマウスに気づいたのだろうか、そちらに視線をやると俺の姿も視界に入り、そこでようやく俺に気が付いたようにこちらに顔を向け――。
「あひゃい!」
意味不明な悲鳴を上げて飛び上がると後ろのベッドへと尻餅を着きながら淵に着席した。
「――ぷっ、あっはっはっは!」
あたふたする様子が面白くてそのまま黙って見ていたんだがもう限界。面白すぎる。
しかしこの様子だと、王女の正体はこっちの世界の人間だったということはないかな? 少なくともパソコンは見たこともなさそうだ。
「もう……、笑わないでください……」
頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いて呟く王女。ちょっと笑いすぎたようだ。ごめんなさい。
「はは、どうもすみません」
俺はパソコンデスクの椅子へと座ると、手に持っていた本を掲げて見せる。
が、王女はどうもパソコンのほうが気になるのか、モニタをひたすら気にするようにちらちら見ている。
「ところで、これはなんですか……? すごく明るいですが……、魔道具でしょうか……」
モニタを指差しながらおっかなびっくりこちらに尋ねる王女。
剣と魔法のファンタジーな世界からすると、この現代科学が発達した世界はわけのわからないものばっかりに見えるんだろうか。
しかし、すごく説明しづらいな。
「これはパソコンと言いまして……、調べものをしたり……、絵をかいたり音楽を作ったりゲームをしたり、まあだいたいのことは何でもできてしまう道具です」
ひとまず動かしていたモンスターズワールドのゲームを落として、パソコンで色々とできることを試していく。何か画面が変わったり音が鳴るたびに「わっ! ひえぇ! うわあ!」と面白いように悲鳴が漏れてくる。
これはこれで面白いが、こちらが聞きたい話が進まないのでいったんパソコンの電源を落とそう。
「ちょっとこちらがしたい話が進まないのでパソコンの話はまた後にしましょう」
頬を染めて興奮した様子から一気に名残惜しそうな表情に変わるが、「後で触ってもいいですよ」と言うと納得してくれた。
すぐに使えるようになるとは思えないが、王女様の反応を見るのも面白い。
モニタが消えると部屋が薄暗くなったので照明を点ける。
「――えっ! これは……、明かりの魔法ですか?」
「いえ、魔法ではないですよ。この世界では科学というものが発達していますのでね」
部屋全体が明るくなったためか、周りの物がよく見えるようになったせいで王女の視線があちこちに行っている。
あれは何だこれは何だと脱線する話をようやく戻したところで一息つく。
何か目にするたびに話題が逸れるな……。お茶でも出そうかと思ったけどやめておこう。
「はあ……、しかしびっくりだね。王女様まで本当にこっちの世界に来れるなんて……」
「はい。以前にも同じ本を持っていらした魔術師の方に、こうして別世界へ連れて行ってもらったことがあるんですが……、ここはまた別世界ですね」
魔術師ね。それで俺に魔術師かどうか聞いてたのかな。俺としては職業関係なく、本さえ持ってればいいんじゃね? って予想だが。
何度かの他愛無いやりとりのおかげか、俺の口調がかなり砕けたものになっているがもう気にしない。
そんな折に王女様が何かに気付いたようで、表情が困惑顔になってきている。
「どうかしたんですか?」
「あ、えっと……、怒らないでくださいね」
「いや内容によりますが……」
なんとなく嫌な予感がしてきたが、なんだろうか。
「何も言わずに出てきたので、もしかしたら私が誘拐されたとか騒ぎになっていたりして……」
「――はあああ!?」
誘拐という言葉が聞こえた瞬間、王女のセリフを遮って俺の悲鳴が自室にこだました。
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