3-17/フレンズ・アゲイン

 俺は一年九組の前まで来ると、迷うことなく教室に足を踏み入れた。


「なんでしょうか?」


 弁当を片付けていた古泉が顔を上げて、俺に笑顔を向ける。


「話がある」


 俺が一年九組を訪れた理由はただ一つだ。


「答え合わせがしたい」


 そうとも。昨日の騒動について、どうしても古泉と合意をしておかなければならないことがある。それは古泉消失の謎の真相についてだった。


「廊下に出た方が良さそうですね」


「お前がそう思うならな」


 俺たちは並んで教室を出ると、人気のない場所まで歩いた。


「昨日の一件、お前は認識の齟齬だとか何とか言っていたが、俺に言わせればお前がビルの階段を上っている最中に姿を見せなくなっただけの単純な消失事件に過ぎない」


 微笑み野郎は俺と向き合うように立って、わざとらしく肩をすくめた。


「なるほど。あなたから見ればそうかも知れませんね。しかし、あなたが言うとおり昨日の一見が単純な消失事件なのだとして、あなたたちに追いかけられていたはずのぼくがどうやってあなたたちの背後から姿を現したのですか?」


 あのビルに入ってからの細かい動きをお前に話したことはなかったと思うがな。その辺りのことを議論する気はないってことか。まぁ良い。俺もさっさと本題に入りたいしな。


「確かに俺たちはお前を追いかけていたが、実際に屋上に上ったのを見たわけじゃない。金属製の階段を駆け上がるカンカンという音を聞いただけだ。ケータイか何かを使って階段を上る足音を偽装し、屋上に行ったと見せかけて十階のどこかに身を隠せば、俺たちの背後から姿を見せることは可能なはずだ」


「ぼくの携帯電話ではちょっと難しいですね」


 古泉はそう言って、レトロな折りたたみ式の携帯電話を取り出した。


「なら、ポータブルのオーディオプレイヤーでも使ったんだろう。ミステリー小説をよく読む人間ならすぐに思いつく陳腐な手口さ。要するに何者かにつけられていたという話、下駄箱に怪文書が入れられていたという話も含めて全部お前の自作自演だった。動機はそうだな。ちょっと変わり者だが顔だけは良い女子にスカウトされたが、単に入部するというのではつまらない。どうせならその女子が期待するような謎を用意して部活に入ろうと思った、ってところか」


「なるほど。辻褄は合いますね」


 古泉はあっけらかんと言って、笑った。良いだろう。そのいけすかない笑みを、俺がこれからどうにかしてやる。


「しかし、この推理には大きな穴がある」


「そうなんですか?」


「ああ。もしも今回の一件がミステリーじみた自作自演劇だったとするなら、お前は俺たちに意味のない手掛かりを与えたりはしないだろう。だが、俺の推理では、お前の下駄箱に入っていた怪文書――アルクビエレ・ドライブの数式がまったく活かされずじまいだ。第一、


「なるほど、涼宮さんが決め手でしたか」


 どうだろうな。長門が会いに来るずっと前から引っかかっていたことのは間違いないが。


「要するにだ。さっきの俺の推理はお前の自作自演という部分については合っているんだが、そのやり方が間違っているんだよ」


 古泉は無言。しかし、その笑みに微かな綻びが生じているのを俺は見逃さない。


「お前はミステリー研究会の部室を訪れたとき、ハルヒとこんなやり取りをしたな?」


 ――ここに自らの意思で来たってことは、期待しても良いのかしら。


 ――もし僕が宇宙人、未来人、超能力者、名探偵だと言うのなら――でしたっけ?


 ――そ。あたしの予想では名探偵と踏んでいるんだけど。


 ――どうでしょう。ひょっとした異次元人かも知れませんよ。


「あの時お前はわざわざ異次元人、と言い足した。そしてアルクビエレ・ドライブ。ついでに言うと、俺たちはケータイにせよ、ポータブルのオーディオプレイヤーにせよ、お前が足音の偽装工作をした一切の具体的証拠を見つけることができなかった」


 まぁ、所詮高校生のやることだから限界があるという説もあるが今は無視だ。


「一度しか言わないから心して聞けよ。今回の事件がお前の自作自演であり、全ての手掛かりに意味があるとするならば結論はこうだ。。お前は昨日、屋上まで駆け上がった後、異次元空間に身を潜めるか、ワープするかして、俺たちの背後から姿を見せた。それがお前の用意した真相だ」


「本気で言ってるんですか?」


 まともな高校生が言うことじゃない。そんなことはわかってる。だから一度しか言わないと言ったんだ。


「その仮説を信じたいやつと、信じさせたいやつが少なくとも一人ずつはいるんじゃないか?」


「……そうですね」


 ふっと、憑き物が落ちたように古泉は目を細めた。


「このことは涼宮さんに話しますか?」


「しない。する意味もないしな」


 俺が長門の協力を得てやっとのことで辿り着いた結論に、あいつは昨日の段階で達していたようだ。まぁ、メタ読みという名のあてずっぽうなのかも知れないが。


「ま、いずれにせよお前が昨日喫茶店で書いた入部届は、この昼休みのうちにハルヒが出しにいったはずだ。放課後までにはお前は晴れてミステリー研究会の一員ということになる」


「はあ、なるほど」


 古泉は何かを悟ったような口ぶりで呟くと「良いでしょう。入ります。今後とも、どうぞよろしく」と言って、白い歯を見せて微笑んだのだった。

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