3-16/フレンズ・アゲイン

 翌日の昼――俺が国木田、谷口と一緒に弁当を食っていると、珍しく委員長の朝倉涼子が声を掛けてきた。


「あなたにお客さんよ」


 女子にしては背の高い朝倉の後ろに隠れるように立っていたのは女子としても小柄なミステリー研究会の部長だった。


「長門さん、あなたに話があるんだって」


 そう言ってくすりと笑うと、朝倉は興味深げに俺と長門の顔を見比べだした。うるさいことこの上ない。ついでに谷口、国木田、お前らもだ。


「出よう」


 俺がそう言って教室の外に向かうと、長門もすぐに追いかけてくる。それは良いんだが……ぴったり真後ろにつかれるというのはどうにもこそばゆいな。


「朝倉とは知り合いなのか?」


 廊下を歩く間にペースを落として長門に追いつかせると、俺はふと思いついた疑問を口にした。長門がたまたま近くに居合わせた朝倉に俺の呼び出しを頼んだ、というよりは、もう少しだけ二人の距離が近いような気がしたのだ。


 長門の性格的に、朝倉が一方的に距離を詰めているだけかも知れないが。


「同じマンションに住んでる……お友達」


 お友達、か。長門が言うと、そんな単語ですら新鮮に聞こえるな。


「それよりも」


 長門はそう言って足を止めると、丁寧に折りたたんだA4用紙を俺に差し出した。


「これを」


 手渡された紙には、パソコンの画面がプリントアウトされていた。見覚えのあるロゴマークはフリー百科事典のものだった。


>アルクビエレ・ドライブ


>アルクビエレ・ドライブ(Alcubierre drive)は、メキシコ人の物理学者ミゲル・アルクビエレが提案した、アインシュタイン方程式の解を基にした空想的アイディアである。これによれば、もし負の質量といったようなものが存在するなら、ワープないし超光速航法が可能となる。


>アルクビエレのアイデアは、直感的に表現すると船の後方で常に小規模なビッグバンを起こしつつ船の前方で常に小規模なビッグクランチを生じさせ、光より速く船を押し流すような時空の流れを生み出そうというシンプルかつダイナミックなものであった。川にボトルシップを浮かべ、進行させたい方向とは逆である船体後方水面に投石し、流していくようなイメージである。シャクトリムシの移動イメージにも似ている。


 こいつが現実の範疇に収まるものなのか、それともサイエンスフィクションなのかは、俺には判断しかねた。正直、俺には難解すぎて書いてあることの半分も理解できていない気がする。それでも何とか読み進めていき『基礎理論』の項目まで来たところで俺ははっと息をのんだ。


 そこに書いてある数式に見覚えがあったのだ。ターポリックタンジェント、だったか? 間違いない。古泉が自分の下駄箱から出てきたと主張したあのメモに書いてあった式だ。


 俺は改めて見出しを見る。この『アルクビエレ・ドライブ 』も、昨日ハルヒが古泉に向かって口にした言葉だ。


「おそらくあなたは昨日あのビルであったことについて、一つの結論に達している」


「まあ、な」


。それはわたしが保証する。でも、その推理では解決編に至ることはできない。『アルクビエレ・ドライブ』がパズルのピースになっていないから」


「そのピースを渡すために、俺に会いにきたわけか」


「そう」


「……その口ぶりじゃ、お前は解決編に必要なピースを全て揃えているように思うんだが」


「ええ。でもこれはわたしが解決すべき事件ではない」


 何でだよ。


「彼がミステリー研究会に興味を持ったきっかけはともかく、今の彼の興味は明らかにあなたに向けられている。であればこれは――」


 あなたが解決すべき事件なのだと、長門は淡々とした口調で言った。


 俺は腕を組んでこの数日間のことを振り返る。


 俺たちがミステリー研究会に所属していると知ったときのあの態度。ミステリー研究会に今回の事件を持ち込んだときのあの口ぶり。ビルの屋上でハルヒに『アルクビエレ・ドライブ?』と問われた時のあの笑み。そして、夢の中でボロボロになりながらコバルトブルーの巨人に立ち向かっていた時のあの表情――。


 古泉はうさんくさいやつだ。何を考えているのかさっぱりわからないし、さっぱりわからないなりにどうやらミステリー研究会に対して含むところがあるということは伝わってくるし、どうにも行動が不審である。あと、あの爽やかすぎるスマイルが同性として妙に腹立つところもある。


 だが、そうだとしても古泉はミステリー研究会に事件を持ち込んだ依頼人である。そして、部長の長門が持ち込まれた事件の解決編にふさわしい者として俺を指名したのだから、平の部員としてやるべきことは決まっていた。


「わかったよ。部長の頼みだ。謹んで探偵役を拝命してやるさ」


「お願い」


「こいつは借りてくぜ」


 そう言ってA4の用紙をたたみ直してズボンのポケットにしまうと、俺は一年九組の教室へと急いだ。

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