3-14/フレンズ・アゲイン

「待ち合わせの時刻まで結構あるな。お前はどうする?」


 ワトソン&ホームズを棚に戻した後で、俺は長門の方を振り返って言った。ハルヒがどこぞに消え、古泉も鞄を取りに九組へと戻ったので、部室には残ったのは俺たち二人だけである。


「もう少しここに」


 そう言って、長門は手提げから階知彦の『シャーベット・ゲーム』を取り出した。サブタイトルが『四つの題名』ってことは、二作目だな。現代が舞台で探偵も助手も女子高生だが、このシリーズも広義のホームズパスティーシュと言って良いのかも知れない。


「そうか。読みながらでも良いんだが、ちょっと話ができるか? その、さっきの古泉の話だ」


 俺がそう言い出すのを半ば予想していたのだろう。長門は文庫本の表紙をじっと見つめた後で「構わない」と言って手提げに本を戻した。表情が乏しいので本当のところはわからないが、名残惜しさもあるのだろう。うん、すまん。


「お前は古泉の話をどう思った?」


 しかしハルヒ発案の二重尾行作戦が始まる前に、俺はどうしても長門の意見を聞いておきたかった。何しろ物静かで自己主張をしないやつだが、その実、周りの話に耳を傾けながらあれこれ考えを巡らせているのを俺は知っている。


「わたしも尾行のはじまりが日を追うごと学校から遠ざかっている点が気になった。あるいは駅に近づいていると言った方が良いのかも知れない。いずれにしてもそこには何かしらの作為があると考えるべき」


 俺の問いを待っていたかのように長門は早口で意見を述べる。

 

「追跡者の気まぐれだとは考えないんだな?」


「さっきの話の中でもあったように駐輪場へと続く階段は尾行には向いていない。気まぐれとしたら三度目の尾行をそんな場所ではじめることはないと思う」


 それは言えてるな。やはり尾行のはじまり位置は、謎を解く手がかりだと考えた方が良さそうだ。


「あなたは?」


 と、長門が俺の目を見つめながら尋ねてきた。どうやらこっちにも聞いてもらいたいことがあるのはわかっている様子だ。そういうことなら話は早い。


「それこそ三度目の尾行について話している時に、古泉が『自分に向けられた視線をはっきりと感じた』って言っていただろう? あれがどうも腑に落ちなくてな。何かの本で読んだことがあるんだが、らしい」


 もちろん微かな息づかいや衣擦れの音で人の気配を感じるということはありうる。自分の視界に入っている人間がこちらを見つめていれば、ふとした拍子に気づくこともあるだろう。しかしそれらはあくまで音や目線を感じ取ったのであって、視線そのものを知覚しているわけではない。


「彼が嘘をついている、と?」


「そこまではわからない。ただ、三度目の尾行の時は周囲に北高生がいる状況でのことだからな。『人の気配を感じた』とか『誰かに付け回されている気がする』と言うより『視線を感じた』と言った方が説得力があると思ったんじゃないかと邪推したくはなる」


 そもそもあの男にははじめて会ったときからどうも胡散臭いものを感じている。ミステリー研究会に対して含むところがあるようにも思うし、今回の一件に関わるのであれば、その辺諸々込みで警戒していった方が良い。


「わかった」


 長門は小さくうなずいてから、ちらりと壁の時計を見る。遅刻の罰金についてもそろそろ警戒した方が良いと言いたいらしい。やれやれ。俺は小さく肩を竦めると、自分のバッグを掴んで立ち上がった。ロンドンの名探偵ならば「さぁ、ワトソン君! 追跡は始まった。問答無用だ。すぐに服を着て出かけよう!」とでも言わなければいけない場面だった。長門は北高の女生徒なのでもちろん制服を着ているのだけれど。

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