3-10/フレンズ・アゲイン

 掃除当番だったため、俺が遅れて部室へ行くと、ハルヒが長門と遊んでいた。


 遊んでいたと言っても、一方が他方を半裸に剥いて乳繰り合うとかそういうのではない。先日俺が持ち込んだ『ワトソン&ホームズ』というボードゲームの箱を開けて、(主にハルヒが)ああでもないこうでもないと言いながら(主に長門が)セットアップをしているのだ。


 一度三人で遊んだ時に、俺がいない時にも気兼ねせずに遊んでくれと言ってあったので、持ち主としてはむしろ嬉しいことなのだが、このまま二人で遊んでいるのを横で見ているだけってのはちょっと切ないものがあるな。


「いいところに来たわね、キョン」


 と、俺の心の内を知ってか知らずか、ハルヒは前触れもなくくるりとこちらを振り返ると、こう言ったのだ。


「今回もアンタが進行役をやってよ。コマは緑のおっさんでいいわよね」


 遊ぶメンバーに入れられているどころか、使用するコマまでご指名とはね。やれやれ。俺は小さく肩をすくめてから、空いている椅子に腰掛けた。


「今日は何番目の事件に挑戦するんだ?」


「順当にいけば『予期せぬコンサート』だけど、『心気症の自殺』が気になるのよね」


 何というか強烈なタイトルだな。そして、確かにどんな事件なのかとても気になる。


「そいつにしようぜ。長門も良いな?」


「構わない」


 てなわけで、俺たちは『ワトソン&ホームズ』で遊び始めたわけだが、こいつはその名の通りコナン・ドイルが創造した世界でもっとも有名なミステリー作品の世界観を踏襲した推理もののボードゲームだ。


 ゲームにはワトソン博士が書き遺したとされる十三編の事件簿シナリオが用意されている。『心気症の自殺』は五番目の事件だったかな。事件の内容や解明すべき謎は様々だが、どのシナリオも目指すところは一緒である。すなわち、誰よりも早く真相を解明すること――。


 俺たちは事件ファイルの記載に従って、場所カードを机の上に並べた。要はこれが今回の事件で捜査活動を行う先というわけだ。


 カードの裏には小説風の文章が書いてある。プレイヤーは所定のルールに従ってこのカードをめくり、事件の手がかりを獲得していくのだ。


 ちなみにカードの裏に書かれた文章は事件ファイルと合わせて繋ぎ合わせると、掌編程度のボリュームの小説になる。と言うかあれだ。元々掌編程度のボリュームの小説であったものをバラバラにしてカード化したものが、机の上に伏せて置いてあると言った方が良いかも知れない。そいつを必ずしもわかり良いとは言えない順番でめくりながら、他のプレイヤーに先んじて、謎を解き明かしていく・・・・・・ワトソン&ホームズはそんなゲームだ。


「場所カードの置き方はこんなんで良い?」


「問題ない。トークン類は紙皿にまとめておこう」


「わかった」


 長門が細々したものの整理を請け負ってくれたので、俺は空咳をひとつして、事件ファイルを手に取る。朗読は苦手なんだが、進行役を仰せつかった以上は仕方がない。俺は表紙をざっと斜め読みしてから、ハルヒと長門の準備が整うのを待って、物語のプロローグについて語り始めた。

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