3-8/フレンズ・アゲイン

「ウェブサイトを立ち上げろ、とさ」


 部室に取り残されたメンバーその一こと俺がぼんやりとした声で言うと、部室に取り残されたメンバーその二こと長門はページをめくるかさりという音で返事をする。


「んなこと言われてもなあ」


 言いながらもけっこう乗り気になり始めている自分に気づく。ハルヒの命令口調には業腹だが、ウェブサイトを作るというのはちょっと面白そうじゃないか。昨今はシロウトでも割と簡単に作れるんだろ?


 とは言え、スマートフォンの小さい画面でどうこうするというのはどう考えてもしんどそうだ。


「長門」


 俺は彼女が顔を上げるのを待って、折り畳み式テーブルの上に置かれた古いデスクトップパソコンを指さした。


「それ、ちょっといじってもいいか?」


 俺としては一応のこと部長にお伺いを立ててから、くらいの気軽な問いかけだったが、長門は俺が考えもしなかったような反応を示した。


 まず、はっと息をのみ、しばらくして困惑がありありと解る表情を浮かべて、俺とパソコンをかわるがわる三度も見返した後で、大きく息を吸い込んだ。


「待ってて」


 ぎこちない動作で椅子をパソコンの前まで持って行き、電源スイッチを押してから座る。ログイン画面が表示されるのを待つ小さな背中はいつになくあたふたして見えた。


 ――こいつでもこんなふうに取り乱すことはあるんだな。


 パスワードを設定していないらしいログイン画面をクリックひとつで抜けて、長門はマウスを素早く操作する。ブラウザを立ち上げたところをみると、オートログイン設定になっている何かしらのWebサービスからログアウトするのだろう。通販サイトでいかがわしいものでも買っていたのかね。いや、長門に限ってそれはないか。


「どうぞ」


 か細い声でそう言って、中腰の尻に椅子をくっつけるような妙な姿勢で定位置へと戻っていく。どうでもいいが、あまり忍んでないぞ、それ。


 ついでに言うと、パソコンの方の隠蔽工作もあまりあんまりだった。ブラウザを開くなり、よく使うサイト一覧に検索サイトとあともうひとつきり、表示されているウェブサイト――。


 青地に白いカギカッコというシンプルなロゴマークには見覚えがあった。Web小説投稿サイトってやつだ。


 Webではミステリーは過疎ジャンルと揶揄されがちなので、あまり利用したことはなかったが、それでも佐々木の薦めで何作か読んだことがある。『名探偵・桜野美海子の最期』、好きだったんが、このサイトでは公開やめちまったんだよな。


 長門も投稿しているのだろうか。それとも普段からは想像もつかないような厳しいレビューでも書き飛ばしているのか。


 久々に面白そうなミステリー作品を探してみるのも悪くないが、長門に見つかったら証拠隠滅を完遂できなかったことに気づいてしまうだろう。


 恥ずかしさのあまりに長門がどんな表情をするのか、興味は尽きないが、まあやめとこう。さっきの表情を見られただけでも★4ガチャくらいの価値はある。俺はだからすぐに検索サイトを開いて、無料ブログのオススメを探すことにしたのだった。


 ちなみに部員勧誘のシーズンなどとうに終わっているこの時期に校門でのビラ配りを敢行したハルヒは、当然ながら生活指導の教師に捕縛され、印刷機の無断使用と合わせてみっちりお説教されることになったとさ。やれやれ。


 まあ、生活指導の教師もどうせハルヒひとりが暴走した結果だろうと踏んでいるのか、ミステリー研究会に累が及ぶということはなかったので、この件はそれで良しとすべきなのだろう。どうせうちにハルヒが望んでいるような普通でない謎を持ち込むやつなんて、いるはずがないしな。

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