3-6/フレンズ・アゲイン
古泉一樹と別れた後、購買部で抹茶焼きそばパンとやらを買って部室へと向かった。
「おう」
先客に声を掛けて椅子に座る。ごくごく小さな声で「ん」と言ったのは多分返事のつもりなんだろう。今日は高畑京一郎の『タイム・リープ』か。完成度の高い時間SFだ。佐々木も「タイムパラドックスの生じない設定の緻密さに驚かされたよ。フーダニットミステリに通じる美しさがある」と絶賛していた。
「飯は食べたのか」
「少し」
太るのを気にするような体型でもなし、あまり食が細いのも考え物だぞ。
長門は俺の手元をちらりと見てから読書に戻った。もう少し栄養バランスを考えた方が良いと言いたかったのだろうか。
ま、次からは気をつけるさ。
俺はなるべく音を発てないように包みを開けると、炭水化物に炭水化物をぶちまけるかの如き思想を具現化したパンをぱくつき始めた。
焼きそばソースの甘辛さと抹茶の苦みが全くかみ合ってない意味不明な食べ物を咀嚼する間、俺はずっと古泉のことを考えていた。
保健室の場所をあらかじめ知っていたかのような素振りもそうだが、どうも俺を待ち伏せしていたんじゃないかという疑惑まで浮かび上がってくる。
一体あいつは何者なのか。どうしてまた、何の面識もないはずの俺をロックオンしたのか――。
いや、面識ならあるのか。少なくとも俺はある。夢の中で出会ったことを勘定に入れて良いのであれば、だが。
ハルヒに話したらどんな反応が返ってくるのだろう? 素直にテンション全開で「つまり何? アンタと転校生は夢の中で出会っていたってこと? 決まりじゃない! 前世の因果ってやつよ! あんたたちは時空を越えて巡り会った運命の仲間なんだわ!」と食いついてくるのか。いや、あいつはあれで合理的というか変な部分で常識的な考え方をすることがある。「夢の中で会った少年と現実で再会、ねぇ。ま、アンタにしてはよく考えた方だとは思うけど、創作としてはちょっと古くさいわね」と馬鹿にされるかもしれない。いずれにせよ確実に言えるのは、古泉と名乗った男が、夢で出てきた少年と寸分違わず同じ顔をしていたということだ。
考えているうちに抹茶焼きそばパンを食べきっていた。ソースと抹茶の粉末で汚れた手を拭いて顔を上げたところで、長門がじいっとこちらを見ていることに気がついた。どうもしばらく前からそうしていたらしい。声を掛ければ良いのに。
「どうした」
「私は何も」
そう言って、長門は少しだけ身を乗り出し、俺の顔を覗き込むような仕草を見せた。
「――難しい顔をしている」
「俺が、か?」
こくり。長門は小さく、しかし、はっきりと首を縦に振った。
心配させてしまったらしい。よほど渋い顔をしていたんだろうな。しかし、うーむ。どうしたものか。この通り長門は物静かであまり人に干渉してこない質だか、それでい周りのことを結構よく観ている。そうして不安材料があれば人並みに心配したりもする。無口だからわかりにくいが、ミステリー研の部長はそういう人間だ。
それだけに、無闇に事実を話して心配ごとを増やすのはためらわれる。とは言え何も語らなければそれはそれで心配させてしまうわけで――。
俺は悩んだ挙句に、こうやって悩んでいる姿を見せるのが心配のタネだということに思い至り「長門、ちょっと良いか? 聞いてもらいたいことがある」と話を切り出すことにした。
長門は空想の中のハルヒとは異なり、がっつくこともなければ、俺の体験を馬鹿にするようなこともなかった。ただ、静かに俺の話に聞き入り、俺が口をつぐむのを待って、こう言ったのだ。
「もしかしたら本当は会ったことがあるのかも知れない」
「なんだって?」
「あなた自身は覚えていないつもりでも、深層心理には印象が残っていて、それが夢に出てきたのかもしれない」
そう言われてもちっとも海馬が刺激されている気がしない。第一、俺とあの男が以前にも出会ったことがあるなんて――。
「ちょっと出来過ぎじゃないか?」
「かも知れない」
俺の突っ込みに、長門はしかし少しも動じることなくそう応じた。
「でも、前世の因果と考えるよりは筋が通っている」
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