3-5/フレンズ・アゲイン
全世界が停止したかと思われた。
というのはもちろん嘘だが、俺のすぐ横を歩いて男が足を止めたことは事実だった。
「……ということはあなたも?」
相変わらず微笑んでいたが、その声にはどこか硬質な響きがあった。
「ああ。ミステリー研究会だ。もう一人おとなしい置物みたいな部長もいる」
「なるほど」
何がなるほどなのかはまるでわからないが、男は呟くように言って口を噤んだ。再び歩き始めてからも、さっきまでとは打って変わって黙りこくっている。俺が言ったことにショックを受けたということなんだろうが、何にショックを受けたのか、皆目見当がつかない。まったく、何なんだ。
重苦しい雰囲気の中で歩いているうち、俺はふと気づく。男がぴったり俺の真横にくっついて歩いているということに。
一緒に歩きだしてからずっとそうだった。
俺に保健室への道案内を頼んだ男が、何故、俺と並んで歩くことができる? しかも、その歩調には少しの迷いも見られないのだ。
お前、もしかして本当は保健室の場所を――知ってるんじゃないか? と聞こうとした矢先、男がすっと足を止めた。
振り返ると、男は相変わらず穏やかな笑みを浮かべて――けれど目だけは少しも笑っていない不思議な表情で、そこに立っていた。
「あなたは――今の生活が貴いと思いますか? ミステリー研究会の仲間を大切にしていますか?」
いきなり何を言い出しやがる。宗教の勧誘でも始めるつもりか、と応じかけて口をつぐむ。男の真剣な眼差しをしていることに気づいたからだ。
「さぁな。考えたこともないが、あそこが俺の居場所だってことは間違いないさ」
男はしばしの間瞑目して考え込んだ後「そうですか」と囁くように言った。そして、何かを諦めるようにふっと息を吐きだすと「ご案内ありがとうございました。ここからはぼく一人でも歩いていけると思います」と俺に告げて、すたすたと俺の下を離れて行った。
一人廊下に取り残された俺は、ようやく男とどこで会ったのかを思い出す。ああ、くそ。こういう場合はフロイト先生はなんて言うんだ?
ついさっきまで俺の横を歩いていた男の顔は、今朝見た夢の中で謎の巨人と戦っていた男のそれとまったく同じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます