3-4/フレンズ・アゲイン
教室を出た俺は、のんびりした足取りで購買へと向かった。
昼休みの購買は戦場だ。そこには友人も恋人もいない。すべての北高生が自分以外のすべてを敵として目当てのカレーパンやらハムサンドやらクロワッサンやらを取り合うゲッテルデメルングである。
そんなところに今さら走って行ったところでどうなるものでもない。残り物には福があると信じて歩いていく方がよほど建設的だろう。
「あの、ちょっと良いですか?」
一階に降りたところであらぬ方から声を掛けられた。振り返るとそこに北高の制服を着た男子が立っていた。北高の男子――ではなく北高の制服を着た男子と思ったのは校内で見かけたことのない顔だったからだ。
いやしかし、俺はそのファッション雑誌にモデルも務まりそうなくらいに整っているルックスに見覚えがあった。
誰だろう。そう遠くない過去に会ったような気がするのだが。
「俺か?」
「ええ、あなたです」
男はうなずいてから、過剰なくらいさわやかな笑みを浮かべた。
「ちょっと道に迷ってしまって。できれば保健室に案内してもらえませんか?」
道に迷う? どういうことだ。
「体調でも悪いのか?」
「ええ。緊張のし過ぎで熱が出たのかも知れません」
なるほど、そういうことか。
「ひょっとして……いや、ひょっとしなくても一年九組に来た転校生ってのは」
「午後になってもう一人転校してくるというのでないのであれば、ええ。僕のことでしょうね」
妙にもったいぶった言い方をする。俺はこういう言い回しを好んで使う別の顔を思い出しかけてかぶりを振ると、手振りで男についてくるよう合図した。
「ありがとうございます」
感謝は俺の友人にするんだな。いつもの俺なら他を当たってもらうところだ。
「ではよろしくお願いします」
俺の心のうちなど気にかけた様子もなく――あるいは見透かしたように笑うと、男はうやうやしく頭を下げた。……本当に具合が悪いのか、こいつ?
「あなたも何かの部活に入っているんですか?」
保健室への道すがら、男は穏やかな笑みを浮かべたまま尋ねてきた。
「まぁな」
「失礼ですがどちらの部活に?」
「しがない文化部だよ」
俺のいい加減な返事に、しかし男は楽しそうにくっくと笑ってから「そうですか」と応じた。
「北高は部活動も活発なようですね」
「そうか? 部によると思うがな」
「実は一限の後の休み時間に、早速スカウトされましてね。いきなりどこから来たの、あんた何者、と詰問してきたので何かと思っていたら『あんたがもし宇宙人、未来人、超能力者、名探偵だって言うんなら、あたしの部活に来なさい。秘密は守るわよ』と言われましてね。驚きましたよ」
そうだったそうだった。早速ハルヒが偵察に行ったんだっけ。災難だったな、転校生氏よ。
「ちなみに何て答えたんだ?」
「入部すればあなたの笑顔も見られるんですか、と」
「口説き文句のつもりならイマイチだな」
「ええ。彼女にもあまり受けなかったようで、その後はほとんど話らしい話もせずに自分の教室に戻っていきましたよ。おかげで、彼女がどんな部活に所属しているのかも判らず仕舞いでして」
「興味あるのか? ええと……」
「
男はそう言ってハルヒにも見せたのかもしれないとびきりの笑みを作ってから「あなたは?」と尋ねてきた。そうして俺が名乗るのを待って恭しく頭を下げる。歩きながら器用なことだ。
「それで謎の彼女が所属している部活に興味があるかという話でしたね。はい。名探偵はともかく、宇宙人やら未来人やら超能力者やらを必要とする部活というのは一体どんな部活なのか、とても気になっています」
ハルヒがどう思ったかは知らんが、こいつもなかなか奇特な人物とみえる。なら、まあ良いか。
「――ミステリー研究会だよ」
宇宙人や未来人や超能力者はともかく、名探偵も募集しているのだから、ハルヒのやつも軽音部に勧誘したわけではないだろう。
「そいつ――涼宮ハルヒはミステリー研究会の部員なんだ」
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