2-8/カメラ!カメラ!カメラ!

 ――もちろんだよ。あたしたちは、あなたを歓迎する。


 榎本さんの答えに涼宮ハルヒは満足そうにうなずいて、軽音学部に帰って行った。昨日のことだ。


 正直、部員確保のことを考えたらあんな面倒くさいヤツでもミステリー研究会にいてくれたらありがたいというのはあったが、本人が軽音学部に入りたいと思ってるんだったら、それを止める権利は誰にもない。無論、俺にだってない。そうだろ?


 だから俺は、放課後の廊下を一人で歩いて、いつものように旧館へと向かう。


 ちなみに俺が連れ帰った三毛猫のシャミセンを、家族は快く受け入れてくれた。特に妹は喜び勇んでシャミセンの写真をパシャパシャと撮りまくっていた。


 部室の戸を開ける前に、一応は軽くノック。


「入るぞ」


 言いながら部室の戸を開けると、中には長門と――それにもう一人。 


「なんでお前が」


 涼宮ハルヒだった。


「確認したいことがひとつと、言っておきたいことがひとつあってね」


「何だそりゃ」


「昨日のアンタの推理、あれが間違いだったとは思わないけど、どうしてもわからないことがあるの」


 ほう。


「アンタはどうやって軽音学部で猫を飼っている可能性に思い当たったの?」


「……最初に違和感を抱いたのは、榎本さんたちが居留守を使ったってことだな。お前はそれを『拒絶のサイン』と受け取ったが、俺はそうは思わなかった。むしろ、四人で何か後ろめたいことをやっていて、それでドアを開けられなかったんじゃないかと考えたんだ」


 何故、そう考えたのかについては黙っていることにする。そうでないと、ENOZの新規メンバーがかき鳴らすギターの音色がたいそうクールだってことにまで言及しなくちゃならなくなるからな。


 ――あの音、あの奏者に対して拒絶するドアを、軽音学部は持っていない。

 

 それが、今回の俺の推理の出発点だったわけだ。


「四人がやっていた後ろめたいこととは何だったのか。後ろめたい話をするだけなら、部室に拘る必要は無い。壁は薄いし、突然誰かが踏み込んでくるリスクもあるからな。カラオケボックスだとか、四人のうちの誰かの自宅だとか、安全な場所は他にいくらでもある。だから俺はこう考えた。四人がやっていた後ろめたいことは、部室でなければできないことだった、と。そこに居留守の最中にキーボードがポロンと鳴ったという情報を加味して、ひょっとしたら部室で何かを生き物を飼っているんじゃないかという可能性を思いついたんだ」


「くわえて俺は、降口前の掲示板に榎本さんが猫の里親募集のポスターを貼っていることを知っていた。だから、ほとんど一直線に『ENOZは部室でこっそり猫を保護している』という答えにたどり着いたんだ」


「そこなのよ。そのポスターはあたしも昨日、榎本さんたちと一緒に剥がしにいったから知ってるんだけど、でもキョンはどうしてあのポスターを貼りだした榎本美夕紀さんがENOZのメンバーだとわかったの? あたし、他の三人の名前は出したけど、榎本さんだけは名前を出していなかったと思うんだけど」


 その答えはお前の方がよく知ってるだろ?


「ENOZは、キーボードの中西貴子、ドラムの岡島瑞樹、ベースの財前舞、それにリーダー格のギターボーカルからなる四人のバンドだったんだろ? 中西のN。岡島のO。財前のZ。だったら、リーダー格のギターボーカルは当然Eから始まる名前だろう。確証というにはほど遠いが、榎本美夕紀さんがそのギターボーカルである可能性は、少なくとも長門やクラス委員の朝倉涼子よりは高かった」


「そこでなんで朝倉さんの名前が出てくるのかはわからないけど、言いたいことはわかったわ。およそ論理的とは言えないけど、アンタにしては上出来だったんじゃない?」


 なんだその上から目線の論評は。そんなことより、確認したいことがひとつと、言っておきたいことがひとつあると言ったな。確認したいことの方が解決したんだったら、さっさと言っておきたいことの方を言え。


「榎本さんが先週の金曜日にあたしに言ってくれたこと、覚えてる?」


 来週も来てね、ってやつか? そりゃあ覚えているとも。


「違う。それには続きがあったじゃない」


 俺は一瞬考え込んだ後にはっと息を飲んだ。


 ――他の部と掛け持ちだって良いんだから。


「そういうわけで、あたし、ミステリー研究会にも入ることにした。部長の許可はもらってるわ」


 部長って誰だ。


「キョンは部長なんて器じゃないんだから、一人しかいないでしょ」


 いや、長門を部長にすることには何の異論もないが、お前が勝手に決めたことについては異論しかないぞ。


「あーもう、細かいことをグチグチグチグチ。ケツの小さい男ね!」


 新入部員のクセして何て態度のでかい女だ!


 ギャーギャーといがみ合う俺たちをよそに、何となくミステリー研究会の部長に就任した少女は、今日も今日とて文庫本を読みふけっていた。


 ――北高ミステリー研究会、現在部員数3名(定数まであと2名)。


 ⇒be continued to "Friends Again"


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