2-5/カメラ!カメラ!カメラ!
雉撃ちの話はもちろん冗談のつもりだったが、廊下を歩いているうちに、本当に催してきてしまった。まぁいい。軽音楽の部室に行くならば、その途中にトイレがあったはずだ。
……小用を済ませて手洗いをしていると、女子トイレから女生徒たちの声が聞こえてきた。あちらも出るところらしい。
北高のトイレは本校舎もそうなのだが、廊下からの入り口のところにドアが取り付けられていない。しかも男子トイレと女子トイレの入り口の間に仕切り板も何もないのだ。そのため、男女が同じタイミングでトイレから出てくると何とも気まずい感じになる。なのでこういう時は、手洗い場で時間を潰すというのが北高男子一般の習慣となっていた。結果的に野球部の主将がマネージャーの誰それと付き合ってるらしいだとか、虚々実々の噂話を聞く羽目になったことも一度や二度ではないのだが。
「――お父さんの具合はどう?」
「今日は会社に行ったみたいだけど、まだ咳が止まらなくってさ。やっぱ、あたしと一緒で喉が弱いみたい」
残念。今日も今日とて井戸端会議が始まってしまったらしい。
「扁桃腺弱いんだっけ。あなたは大丈夫なの?」
「あたしは平気。アレルギーは遺伝しなかったみたい」
「なら良かった。とりあえず部室に戻ったら作戦会議だね」
「うん。一刻も早くいい人を見つけないと――凉宮さんにも謝りに行きたいし」
涼宮? ふいに知っている名前が出てきて、俺は体をはっと強ばらせた。
「あんまり根詰めちゃだめだよ」
「わかってる」
「わかってない。謝りに行くのだって、四人一緒なんだからね。バンドリーダーだからって何でもかんでも背負い込もうとするの、悪い癖だよ」
「……ありがと」
それで立ち話は終わりらしかった。
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても今の二人は、軽音学部の部員――それも部室で練習をしているENOZのメンバーなのではないだろうか。俺は意味も無く二回目の手洗いをしながら考える。そのENOZのメンバーが涼宮ハルヒに『謝りに行きたい』と思っているなら、それは月曜日の居留守のこと以外には考えられない。
咳とアレルギー。居留守とキーボード。そして極めつけはENOZというバンド名。俺が脳内で思い描いたラフスケッチは、案外、真相を捉えていたらしい。
「探偵なんて柄じゃないとお前も思うか?」
俺が鏡の向こうの誰かに向かって言った。
「しかし、俺だってハッピーエンドってやつが好きってことはお前と一緒なんだ。最高のハッピーエンドにはほど遠いかも知れないが、ちょっとお節介を焼いてくるぞ」
俺はトイレを出て軽音学部へと向かった。
ノックをすると、室内でバタバタと慌ただしく走り回る音がした後で、黒髪セミロングの女子が出てきた。
「えっと、入部希望ですか?」
さりげなく後ろ手でドアを閉めながら、女子が尋ねてくる。この声はさっきトイレで話し込んでいた女子の一人――バンドリーダーと呼ばれていた女子のものだ。
「いえ」
俺は彼女が出てきてくれた幸運に感謝しつつ、続けた。
「実は涼宮ハルヒのことで榎本美夕紀さん――あなたにちょっと話したいことがありまして」
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