2-4/カメラ!カメラ!カメラ!
軽音楽部の部員数は二十人ちょっと。北高の文化部の中では大所帯の部類だ。うちと同様軽音楽部の部室もさして広くはない。二十人もの部員を詰め込んだらそれだけですし詰め状態だろう。
そういうわけで、軽音楽部では部員のほとんどが、本校舎にある音楽室で練習に励んでいるのだという。ちなみに部全体でビッグバンドを組んでいるわけではなく、少人数のグループに分かれてめいめい気軽にやっているというのが軽音部の実情なのだそうだ。
じゃあ軽音楽部の部室は何に使われているのかというと、やっぱり練習に使われているそうで、伝統的に三年生のグループが優先的に利用できるようになっているのだという。そりゃそうだ。でなきゃ先週までずっと続いていた爆音の発生源はどこだって話になる。
涼宮ハルヒが軽音部の部室を訪れたのは、今からちょうど一週間前のこと。こいつが例え上級生を前にしても「1年5組涼宮ハルヒです☆よろぴくピクニック♪」なんてシナをつくるところなんて想像もつかないし実際にもそんなことはしなかっただろうが、ともあれ部室で練習していたバンドグループ――ENOZというらしい――は暖かくこいつを迎え入れたらしい。
――入部希望? うーん、今ちょっと部長が外してるんだけど……って、ひょっとしてあなたが噂の涼宮ハルヒさん?
――とうとう軽音部まで来ましたか。良いじゃん良いじゃん。歓迎するよ。
――何か楽器を触ったことある? え、ギター? 私が前使ってたやつでよかったら、ちょっと弾いてみる?
とんとん拍子で話が進み、涼宮ハルヒは早速ギターを演奏したそうだ。
はじめてみるENOZの楽曲を即興で、だ。
――ああ、駄目ね。全然ダメ。譜面を追うのが精いっぱい。
涼宮ハルヒの自己評価は客観的なものとは言えなかったようだ。演奏が終わるとENOZのメンバー――ドラムの
「ちょっと待て」
それまで涼宮ハルヒの説明を黙って聞いていた俺だったが、とある事実に気付いて口をはさんだ。
「何」
「ひょっとしてここ最近軽音部から聞こえてくるツインギターの爆音は、半分はお前が発生源だったのか」
「そうなるわね。リズムギター兼サブボーカル。それが軽音部でのあたしの役割」
実につまらなそうに言う。美人で頭もよくスポーツ万能でしかも自己に絶対の自信を持っているようにみえる涼宮ハルヒだが、ギターの腕についてはあまり高く見積もっていないらしい。
正直、先週までのあの爆音がほんのちょっと触っただけのギタリストによるものだとは到底信じられないんだがな。その一方で、涼宮ハルヒならありえそうなことだとも思ってしまう。
ともあれ涼宮ハルヒはENOZとともにロックンロールな日々を過ごし、先週の金曜日を迎えたのだという。
――涼宮さん。
別れしな、そう声を掛けてきたのはツインギターの片割れ――軽音楽部の部長だった。
――絶対、来週も来てね。他の部と掛け持ちだって良いんだから。
――考えとく。
部長の頼みに涼宮ハルヒはそう答えたらしいが、おそらく答えは決まっていたのだと思う。
俺は知っているのだ。今週の月曜日、普段は始終不機嫌そうにしている涼宮ハルヒが妙に浮かれていて、放課後になるといつも以上に勢いよく教室を飛び出していったのを。
それなのに――。
軽音部の部室に向かった涼宮ハルヒを待っていたのは、閉ざされた扉だったそうだ。
「音楽室でミーティングでもあったんじゃないか」
「行ったわよ」
涼宮ハルヒはツンと澄まして上向いて右手を頬に当てて続けた。
「でも、こっちには来てないって。そもそもミーティングは木曜日だし」
「じゃあ、何か急用があって、来られなくなったとか」
「かもしれないわね」
頬杖をついたまま俺を少し見て、それから涼宮ハルヒは口を尖らせて言った。
「でも、人の気配がしたのよ。それで誰かいるんだろうと思って何度もノックしたんだけど、返事はなし。ドアを開けようとしても錠が掛かっていて開かない。やっぱり気のせいかなって思いはじめたところで――中からポロンとキーボードの音色が聞こえたのよ」
ふう、と憂鬱な溜息が漏れた。その場面だけを写真に切り取ったらさぞ見栄えがするだろうと、俺は場違いなことを考えた。
「どういう事情があったのかは知らない。わからないけど、あの人たちが居留守をしているってことはわかった。だから、もうやめた。軽音学部に入ろうとやっきになってる自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて、昨日はそのまま帰ったわ」
「今日は軽音学部には行ったのか?」
短い沈黙の後で、俺はそう切り出した。
「……行くわけないじゃない」
「軽音楽部はどうだったんだ?」
我ながら嫌なことを聞く、と思いながら再質問。
「全然」
「全然?」
「全然普通」
「そうか」
俺は瞑目してしばらく考え込む。
涼宮ハルヒの話を聞くうちに、考えついたこと。それはあやふやな点線で描いた古城のラフスケッチのようなもので、根拠と言えるようなものはほとんどない思いつきだった。
――しかし、確認してみる価値はある。
「長門」
少女は目だけで俺の呼びかけに反応する。
「そこの新入部員候補をちょっとだけ引き留めておいてくれ。手段は問わない。部活紹介でもビブリオバトルでも――なんなら小粋なジョークだって良いんだぜ」
「小粋な、ジョーク」
復唱してから、少し間があった。
「わかった。任せて」
いや、無理だろ。と思ってから、ひょっとしてこれが長門の考えた小粋なジョークなのかとも思った。短い付き合いだが、この内気で物静かな少女は内気で物静かなりにあれこれ頑張ろうとしているのだ。たとえそれが本来の長門の性質とは異なるとしても。
「――キョン」
俺が扉に手を掛けたところで、背後から涼宮ハルヒの声がした――そう言えば、お前にそのあだ名で呼ばれるのはこれが初めてだな。
「あんた、どこに行くつもり?」
「ちょっと雉を撃ちにな」
舌打ちが返ってきた。
自分以外に女子しかいない空間で、下ネタはまずかったか。
俺は心の中で「やれやれ」と呟くと、そそくさと部室の外に向かったのだった。
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