2-3/カメラ!カメラ!カメラ!
涼宮ハルヒの射すくめるような眼光に怯まないでもなかったが、こいつになめられるのも癪だ。だから俺はわざとらしく咳払いをして言ってやった。
「俺はミステリー研究会の一員だ。ここにいて何の問題がある」
「ふーん、あんたがミステリーねぇ」
何だそのバカにしくさった態度は。
「別に。まぁ好き嫌いと得意不得意はまた別の話だし」
くそ。やっぱりこの間のことを根に持ってやがる。
「で、そういうお前はどうしてうちの部室のど真ん中で『私が部長です』みたいな顔して座ってるんだ?」
お前がそうしてるとまるで長門が隅っこに追いやられているみたいじゃないか。まぁいつも隅っこにいるやつなんだが。
「決まってるでしょ。入部希望よ。入部希望」
そんな態度のでかい新入部員がいるかと突っ込もうとしたところで俺はあることを思い出した。
髪型を毎日変えたりだとか、男子がいる教室での着替えだとかはやめてしまった涼宮ハルヒだが、奇行癖がすっかりなくなったのかと言えばそうではない。
例えば部活荒らし。四月の中頃から涼宮ハルヒは北校に存在するありとあらゆるクラブ・研究会・同好会に入ってはやめ、入ってはやめを繰り返しているらしいのだ。四月は運動部を中心に、ゴールデンウイーク明けからは文化部を中心に回っていると聞く。
「しかし、なんでうちなんかに」
聞くところによると涼宮ハルヒはかなり運動神経が良いらしく、彼女が退部の意向を示すと、運動部の連中は例外なく部活を続けて欲しいと頼み込んだそうだ。そのすべてを断って、文化部――しかもうちのような場末の部活に入ろうとする理由がわからない。
「他に面白そうな部活なんていくらもあるだろうがよ」
「ない。ほとんど全然ない」
涼宮ハルヒは即答した。
「運動系も文化系も本当にもうまったく普通。これだけあれば少しくらい変なクラブがあってもよさそうなものなのに」
何をもって変だとか普通だとかを決めるんだよ。
「あたしが気に入るようなクラブが変、そうでないのは全然普通、決まってるでしょ」
ああ、そうかい。
「ま、あんたみたいなセクハラ野郎がのさばっているんじゃ、ミステリー研究会も期待薄かもね」
この間の一件以来、涼宮ハルヒは俺に対してやたら攻撃的な態度を取るようになった。あの件については全面的に俺が悪いと思っているが、それでもミステリー研究会のことまで悪く言われると、長門やこの場にいないもう一人のことまで誹謗されたような気がしてむかっ腹が立ってくる。
「お前がどういう期待をしているのかは知らんが、こっちにだって選ぶ権利ってもんはあるんだぞ?」
正統な反論だと、俺は思った。
しかし、その正しさは涼宮ハルヒの心のどこかを鋭く抉ったようだった。
「――ここもそういう考え方なんだ」
普段周囲からどれほど好奇の目で見られても傷つくことなく気にすることすらなく、普段通りに不機嫌そうにしている彼女が、目に見えない痛みを堪えるように右のこめかみの辺りを震わせた。
「もういい。帰る」
涼宮ハルヒはそれだけ言って、席を立つと、本当に部室を出て行こうとした。
「待って」
その背中に声をかけたのは、それまでずっと黙っていた長門だった。
「そんなの捨ててくれて良いから」
涼宮ハルヒは肩越しに長門が握りしめている入部届けの用紙を見て、言った。
「できない」
長門は首を横に振って、もう一度「できない」と言った。
涼宮ハルヒはしばらく逡巡した後で、ふんと大きく鼻を鳴らして、さっきまで座っていた席に戻った。俺に対してはわざとらしいくらいに攻撃的な眼差しを向ける一方、長門の方は全く見ようとしない。
それで俺には何となくわかったことがあった。
「なぁ」
「何」
「俺がさっき『他に面白そうな部活なんていくらもあるだろうが』って言った時にお前は『ほとんど全然ない』って言ったよな」
「そうだったかしら」
平静を装う声。しかし、その視線が一瞬泳いだのを俺は見逃さなかった。
「ひょっとして、一つくらいはあったんじゃないか? たとえお前から見て普通でも、ちっとは面白そうな部活ってものが」
また、涼宮ハルヒは考え込んだようだった。眉間に皺を寄せて、唇をへの字にして。いや、涼宮ハルヒは教室でも大抵そんな態度でいるのだが、それでも今の彼女が何か大きなことを決めようとして、決めあぐねているのは確かだった。
長い沈黙の後、涼宮ハルヒはふうと大きく溜息をはき出した。
そうしてそれから、こう切り出したのだ。
「――あたし、ここに来る前は軽音楽部に入ってたのよ」
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