1-6/バスルームで髪を切る100の方法
そうこうしている内に五月がやってきた。
運命なんてものを俺は静岡県の
とすると、ゴールデンウイーク明け初日の朝、俺が家から持ち出した文庫本は運命の書ということになるのだろうか。
発端は四月の終わり頃に『法月綸太郎の冒険』を読んでいた長門が
俺が法月綸太郎一流の(一流か?)パロディだということを説明すると、長門は珍しく前のめりになって元ネタを読んでみたいと言ったのだ。自宅の本棚で行方不明になっていたのを、ようやくのこと発掘したのがゴールデンウイーク最終日。そういうわけで俺は若竹七海の『ぼくのミステリな日常』を鞄に突っ込んで、五月晴れの通学路を歩いていた。しかし、地獄のような暑さだよな。
途中で谷口と合流し、どうでもいいようなことを言い、どうでもいいようなことを聞き流すうち、学校に到着。
教室に入ると、涼宮ハルヒはとっくに俺の後ろの席で涼しい顔を窓の外に向けていた。その後頭部にはドアノブのようなお団子結いが、ひとつ、ふたつ。
それから俺は前の黒板を見やった。黄金週間によってすっかり曜日感覚を失っていたが、今日は水曜日だった。
そう言えば、前に涼宮ハルヒがどこかの魔法少女のようなツインテールにしてきたのも水曜日だったな……。
そう思ってから俺ははっと息をのんだ。あの週は確か、月曜日がストレートのロングヘアで火曜日がポニーテールだったはずだ。さらに木曜日は三つ編みで……。
――重要なのは髪型じゃない。髪を結ぶ数だったのか。
「数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか?」
涼宮ハルヒはロボットのような動きで首をこちらに向けると、いつもの笑わない顔で俺を見つめた。真っ正面から見つめ合うと、どうも怖いな。
「いつ気づいたの」
「ついさっきだ。俺は月曜は一って感じがするけどな」
「あっそう」
涼宮ハルヒは面倒くさそうにほおづえをついて続けた。
「あたし、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね。色で言うと月曜日は黄色。火曜日が赤で水曜日は青で木曜日が緑、金曜は金色で土曜が茶色、日曜は白よね」
それはわかるような気もするが。
「で、それだけ?」
何がだ。
「曜日で髪を結ぶ数を変えてることに気づいたくらいで、アンタの推理は終わりなのかって聞いてるの。一ヶ月もあれば、そんなことくらい光陽園駅前公園のハトだって気づくわよ」
ひどい言われようだが、要するに何故曜日で髪を結ぶ数を変えてるのか当ててみろと挑発しているのだろう。いいさ、やってやる。
俺はすうっと深呼吸をして、この一ヶ月のことを振り返る。
谷口から聞いた涼宮ハルヒの中学時代の奇行のこと。
長門に涼宮ハルヒの髪型の謎について話したときのこと。
そして何より涼宮ハルヒのあの強烈な自己紹介のこと――。
頭の中で何かが一つの形をなそうとした刹那、俺は今日が水曜日であることを改めて強く意識した。
――取っ替え引っ替えってやつだよ。何せコクられて断るということをしないやつでな。
もしそれが今でも続いているのだとするならば、ゴールデンウイークの最終日に
ポニーテールの涼宮ハルヒと一緒にいた男がいた可能性は低くないだろう。
悪いことに俺の鞄の中には股掛七海ならぬ若竹七海の著書が入っていた。
俺はだから、咳払いをひとつして言ったのだ。
「その、余計なおせっかいかも知れんが、七股をかけるというのは正直、いかがなものかと思うぞ」
涼宮ハルヒは一瞬きょとんとした表情になったあとで、みるみるうちに頬を朱色に染め、そして――バチンと見事な音を発てて、俺の頬を打ったのだった。
「サイッテー」
この騒動にはちょっとした余波があった。
ひとつめは涼宮がばっさりと髪を切ったこと。
ふたつめは涼宮が男子生徒が出ていくまで待ってから、他の女子どもと一緒に着替えるようになったこと。
みっつめは極めて不名誉なことだが、俺に『最短記録を塗り替えた男』という二つ名が与えられたことだ。
いやはや、舌禍というよりほかない。谷口にまで「あれキョンが悪い」と言われるし、そのことについてまったくもって反論はできないのだが。
俺自身、何だって俺はあんなことを口走ってしまったんだろうねと思わなくもないが、いずれにせよひとつ確実に言えるのは、俺も他の誰だって、涼宮ハルヒのあの見事なポニーテールを見ることは当分できそうにないということだった。
⇒be continued to "Camera! camera! camera!"
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