そしてまた陽は昇る

『暁星の月 15日目 ティウの日


 私たちはヘマムの力を借りて、人の世に繋げられた城を常春の国に完全に移すことにした。といっても、特に変化はなく、時々妖精と呼ばれている様々な人々が訪問するようになっただけだった。


「呪われていようがなんだろうが、悪意や害意もないとわかれば世界は受け入れてくれる。人ならざる者はすべて大いなる妖精の母ティターニアの子供たちなのだから…」


 と言葉を残したヘマムの言うとおり、私たちはいつのまにか世界に溶け込んでいた。

 この世界は時間があってないようなもの。すべてが過去であり、未来であり、現在いまであった。

 あの日、白銀の毛皮の狼になってしまった彼も今では二足歩行で歩くのにも慣れ、人であったころと同じように私のことをその両手で抱きしめてくれる。

少し違うのは、彼が私よりも大きくなったことで私の顔が彼の胸に埋められるようになったこと。


 私たちは、呪われたまま生きていくことを選んだ。

 御伽噺では、きっとキスで呪いを解いて王様とお妃様としてたくさんの国民に祝われて国を治めていくのだろう。


 いつまでもいつまでも幸せに暮らしました…という締めくくりのあと、国の部品として、民草のため、国のために生きるのも彼と一緒なら悪くないのか知れないと今では少しだけ思う。


 でも、私はこの二人とネズミたちの細やかな暮らしが気に入っている。時々訪ねてくるヘマムや、新しくできた友人たちと話しながら夫であるアウルムと悠久の時の中に身をゆだねることが…』


「リンチェ、いま戻ったよ。鹿肉が手に入ったんだ。シチューにでもしよう」


 そういって玄関のドアを開けて入ってきたアウルムは、荷物を置くとこちらに向かってくる。

 そして椅子に座っている私のことを後ろから抱きしめるので、私は恥ずかしくてパッと記していた日記を閉じた。


 いつかこのお腹に宿した我が子に話したいことを、この国に来てからのことをまとめようと少しずつ日記に記そうと思いついたのは、先日のことだった。

 この前偶然話した時、彼も似たような日記をつけていることがわかり、あまりの偶然に声を出して笑ったのを思い出す。


「お腹の様子はどうだい?あまり無理をしないでくれよ」


「大丈夫よあなた。ヘマムも来てくれるんだし、そんなに心配しないで」


 アウルムは、私にそういわれてクゥンと情けなく鳴くとそのまま私の肩に顎を乗せた。

 彼の体温が心地よい。


「どちらに似た子が生まれるかな」


「あなたに似て勇敢で優しい子よ」


「君に似て鈴のような美しい声の凛々しい子かもな」


 お腹を撫でながら二人顔を見合わせて笑う。

 呪いが解けなくても私たちは幸せになれた。

 これは諦めの果ての妥協でも、失意と絶望に満ちた日々でもない。

 限られた出来ることの中で、選びとって育んできた幸せだ。



 だから、例え呪いを抱えたままの人生でも、私のいつか書きあがる日記はこう閉じようと思う。


『その山猫と狼はいつまでもいつまでも幸せに暮らしました…』

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山猫の姫 こむらさき @violetsnake206

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