第5話 図書館における情報統制業務

ただ観せるだけでは顧客満足度が伸び悩む。参加型のアトラクションにすることで訪問客に体験という自分だけのお土産を持ち帰らせ、脳裏に深く刻める。授業を聞くだけではなく、実際に解いて答えを導いた時の喜びに価値があるのだ。


例の異変以前のジャパリパークは、ごく一般的な野生動物を見学する複合型サファリパークだった。その頃に立案されたクイズの森アトラクションは、今も動物に関する常識問題のまま。フレンズに関する謎やトリビアには一切触れられていない。その必要を迫る責任者もいない。


二択の正解を重ねて先に進んでいくシンプルなルールのため、答えが分からなくても総当たり的に選べばいつかはゴールに辿り着く。実際、当てずっぽうの二人はへとへとになりながら突破。僕に答えを聞かれたが、あいにくアトラクションの趣旨に逸脱する行為とみなした。かばんがラクダさえ知らないのは意外だった。


クイズの森の向こう、果たして林檎をモチーフにしたメルヘンなデザインの図書館が現れる。インテリが鼻に付く夜行性の鳥が2匹出迎えた。かばんのように文字が読めれば「聞く」必要はない。が、ここは彼女らの縄張りであるし、謎解きごっこに付き合ってあげるとする。


といっても料理本を読んでレシピ通りに料理を作るだけだ。フレンズ化する前のかばんが毎日のようにしていた習慣。頭脳は物足りないが、体が覚えているから問題ない。高濃度のサンドスターが湧き出る地域にかばんを分散して青い羽とともに埋設したが、ヒトとしての体験記憶は問題なく保持されていて安心した。


二匹の鳥のさえずりによれば食材は畑から調達したという。猛禽類は肉食ゆえに疑問を抱かないかもしれないが、ジャパリまん自動生産工場、いわゆる畑で使用されている主な原材料は、セルリアンが消化したフレンズの体組織、その老廃物であり、実態としてはフレンズ再処理工場に近い。


セルリアンの後ろにあるボタンは弱点ではなく開閉機能であり、捕食して保管されたフレンズ体を取り出すための単なる「開く」ボタンだ。セルリアン自体も再利用され、四散したあとは大気中に溶け込み、ゲート付近やフレンズの老朽化に応じて再結晶化する。


かくしてフレンズ関連材料から料理が出来上がった。カレーライスなら刺激的なスパイスで美味しく味付けしやすく、つまり共食いの拒否反応を抑制できる。ただ、安全な工程を経て生産された「健康的な」ジャパリまんに対して、野性味溢れるかばんの手料理は時にイレギュラーな反応をフレンズにもたらす。


約束どおり、鳥たちがかばんの正体をヒトであると断言するところまでは想定の範囲内だった。しかしあろうことか、僕、機械の体で出来ていることになっているラッキービースト・ボスの正体までもスラスラを口を滑らせていくのには、ただでさえ低いIQのフレンズ脳を普段食べないカレーライスのスパイスにやられたのではないかと訝しんだ。


かばんが記憶喪失なのは、物理的に脳を喪失しているからに他ならない。正確には摘出し、安易にフレンズ化しない安全な場所に保管した。CPUというデバイスが果たしていた脳の機能を、本物のかばんの脳組織に置き換えた形だ。記憶にないだろうが、その外科的処置を実行したのは当のかばんであり、ボスの「僕」でもある。ラッキービーストの強化外骨格がサンドスターをシャットアウトする構造に設計したのもこのためだった。


火山活動を原因とする地球規模の二酸化炭素増加に伴って地球生物の生存限界が近づくと、当時ジャパリパーク主任設計技師だった僕は自分の脳を守るべく、特注ラッキービースト・ボスの格納容器内に生体移植した。フレンズは高濃度の二酸化炭素中でも呼吸でき、寿命はあるが循環機能栄養食ジャパリまんさえ摂取していれば生存可能なはずだ。


野生動物が狩られて複数の天敵に食い分けられてもフレンズ化の際、パーツが集積され一個体として復元される。しかし散乱具合によってはIQが極端に下がるため、脳だけはフレンズ化するわけにいかない。その意味でも放射能から核シェルターに避難するように、サンドスターからの物理的な退避を迫られた。


人類が絶滅しても、最後のヒトとしての僕の肉体が滅んでも、フレンズシステムさえ維持し続けられたら、いつか復元できる日が来ると信じて。



長い年月を経て火山活動が弱まり、光合成によって二酸化炭素濃度が低下する頃、僕はラッキービーストらを使ってサンドスターを散布。かつては小瓶に入れてサンドスターを携帯していた。他の動物たちも次々にフレンズ化したが、それ以前の記憶残留量に個体差が出たようだ。


フレンズ化後のIQ低下は遺体の復元度合による。賢いと自覚しているフクロウはほぼ原形を留めていたのだろう。ジャパリパークの全容を知っているかのようなツチノコはほぼ無傷であり、天敵もいなかった。サーバルのように狩り狩られの環境下では捕食対象も多く、その死体はみるみる食い千切られ、あとはご存知の通り極端なIQの低下がもたらされる。


このような知性の劣化による社会性変化の観察。ノアの箱船的な包括的遺伝子保存。生体異種変換技術の臨床実験。遺伝子変異物質サンドスターの開発研究。そして「かばんデバイス」としての僕の正体。これら様々な目的を孕んだジャパリパークの真実が今、フレンズ達の間に広められるのは時期尚早と判断せざるをえない。


二匹の鳥とサーバル、そしてかばんには申し訳ないが、現在の図書館周辺において偶然かつ突発的なサンドスターの大発生を予測させてもらう。また、カレーに含まれるスパイスの一部に偶然、フレンズの生命に関わる即効致死性の有害化学物質が混入していた不幸を悔やまれてならない。責任感が強いかばんシェフの味見と、食欲旺盛なサーバルのつまみ食いを阻止する術を、ラッキービーストたる僕は持ち合わせていなかったのだ。


かくして図書館周辺における情報漏洩は偶然にも統制され、ジャパリパークの危機は回避された。ところで、なぜかばんが空のかばんを持っているかといえば、もうお分かりだろうが僕を入れるために他ならない。かつてジャパリカフェに向かう道すがら、かばんに入れられて上空を一緒に飛んだ時、ようやく僕らは一つになれたと感じたものだ。


僕のようで僕ではない、不思議な気持ち。惹かれ合うのはもともと物理的に一つだったからだけど、それを知るのは僕一人。そんな素敵な真実も数々埋没しているジャパリパークの日常。いつか本当の意味でかばんと一つに戻れる日を夢見て、僕はボスとして、かばんの脳としての役割を果たしていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かばんデバイス なんなな @nan7net

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ