UPDATE2.7「侵略戦争 #2」

UPDATE2.7「侵略戦争 #2」


〈これまでのあらすじ〉

 闘技大会で決勝大会一回戦を無事突破したアランだったが、その正体はシェイドであった。それに気づいた三人の刺客を倒したシェイドは、今後の戦いに思いを馳せる。ここから世界が変わる。侵略戦争の始まりだ。


 朱い大鎧を着たテツオは、南門の前で睨んでいた。その視線の先には、大軍を連れたガシラが仁王立ちしていた。テツオの後ろにも、大勢のトラベラーたちが身構えていた。しかし、テツオは相手の真意が読めなかった。一体どうしようというのか。一歩でも踏み込めばセンチネルが作動する。そうなれば、魔物はひとたまりもないはずだ。部下の報告では、北門にも魔物の軍勢が来ているとの報告があった。

「どうするというのだ……」

 テツオの額を汗が流れ落ちた。


 シェイドとユミの二人はスザク・パレスの目の前に来ていた。シェイドは銀色の仮面を着け、アランに変装している。

「カギは持っているな?」

「はい。大丈夫です」

 ユミは緊張した面持ちで、ポケットを探る。彼女が背負っているのはいつも使っているスナイパーボウガンではなく、通常のボウガンだった。

「では、行くぞ」

 スザク・パレスの中に入り、エントランスを横切る。エントランスには人の姿は見えない。そして昇降用ゴンドラに乗り込み、レバーを操作する。ゴンドラが音を立てて下降し始めた。目標の階に着くと、二人は歩き始めた。曲がり角で止まり、壁越しに奥を見た。

「見張りは一人……ずさんだな。ユミは隠れていろ」

「了解」

 ユミは周囲の物陰に姿を隠す。シェイドは再び歩き始めた。偽りの表情を顔に貼り付けながら。

「ああ、アランさん」

 見張りはシェイドに軽く会釈した。

「突然悪いが、見張りは交代だ。プライムの命令で」

「それって、外の出来事と関係が?」

「そうだ。急いだほうがいいだろう」

「ええ、そうさせていただきます」

 見張りの男はそそくさとその場を立ち去った。ゴンドラで上に上がったことを確認すると、ユミを呼んでドアを開けさせた。カギはサブプライムのユージから手に入れたものだ。

「俺はここで見張る。お前は魔石を破壊しろ」

 ユミはうなずいて、部屋の中に入っていった。

 部屋の中はかび臭く、埃っぽい。部屋の中心には、特殊な機械に囲まれたこぶし大の大きさの魔石が輝いている。この魔石が、結界やセンチネルを作動させる動力源だ。だが、簡単には破壊できない。

「まずはこの魔導ワイヤーを、魔力貯蔵機に繋いで……」

 ワイヤーを円筒形の機械に突き刺す。そして、もう片方を魔石に繋がなければいけないのだが、その莫大なエネルギーのせいで近づくことすらできない。ワイヤーの片方を特殊な矢じりに繋いで、ボウガンで魔石に向かって撃った。

 魔力がショート! ワイヤーがスパークし、まばゆい光が魔石から放たれ、ユミは吹き飛ばされた。頭をしたたかに打ったユミの視界を色とりどりの光が躍る。

「いててて……」

 魔石はバラバラに破壊されて地面を転がっていた。作戦は成功だ。ユミは急いで部屋を飛び出す。

「シェイド、せいこ――!」

 飛び出したユミはシェイドの左腕に制されて止まる。シェイドの目の前にはスズトが、剣を突き付けていた。シェイドも同様だ。

「その子は? 新しい仲間か?」

「そうだ。それがどうした」

 二人はお互いの動きを見極めるように同心円状に動く。

「盲点だった。魔物とトラベラーが組んでいるとは。テツオさんはここまで予想できなかったみたいだけど」

「想像力不足だ……ユミ、逃げろ」

 ユミはうなずいて、ゴンドラの方へ逃げて行った。

「もう剣を握ることはないと思ったが、君はここで殺す」

「やれるのか? ここ最近でずいぶん腑抜けたようだが」

「試してみるか?」

 スズトは両手に握ったクレイモア、「サンダーボルト」を電撃的速度で振り下ろす! シェイドは二本の剣をクロスさせてガード! シェイドは前蹴りを加える! スズトはブリッジ回避すると、ムーンサルト跳躍でシェイドの後ろに回り込み、ゴンドラに向かって駆け始めた!

 ゴンドラにたどり着いたスズトは、小さく跳んでゴンドラとおもりを繋ぐ縄を切断! ゴンドラの重さを無くしたおもりが急下降し、スズトの掴んだ縄が急上昇! しかし、すんでのところでシェイドがスズトの掴んでいた縄を掴む! 二人は急上昇しながら互いに斬り付ける! が、お互いに傷はつかない。目まぐるしい攻防が永遠に続くと思われたが、このままだと天井に激突してしまう! 二人はギリギリのところで跳んだ!

そして前転して着地すると、再び激しい攻防を始めた! 振り下ろされたサンダーボルトを左の剣で防ぐと、右の剣でスズトの脛を斬る! が、スズトは跳んでそれを回避、逆にシェイドに頭突き! 二人は組み合うと、そのまま奥に移動して障子戸を突き破った! 

 両者とも二連続側転を決めると、再び剣を構えた。この部屋には見覚えがある。朱雀の掛け軸、畳の部屋。ギルドプライムの部屋だ。

「ここで決着をつけよう」

「そうだな」

 二人はほぼ同時に剣を鞘に納めた。

「どちらかが斃たおれ」

「どちらかが生き残る」

 その時、北と南の方角から、ほぼ同時に怒号と悲鳴が聞こえた。


 ユミが魔石を破壊した直後、南門では魔物の軍勢とにらみ合っていた。しかし、背後の街灯が消えると、変化が起きた。

ガシラたちが、一歩踏み出す。結界は反応しない。それどころか、センチネルも現れない。

「まさか……そんなことが……」

 すると、一部のトラベラーが、狼狽するテツオたちを囲むように動き始める。そして、ガシラが叫ぶ。

「全軍、突撃!」

 棍棒を持った鬼族の戦士と低級、中級ゴブリンたちの群れが、一気に南門に押し寄せた! それに合わせて、トラベラーたちも剣を引き抜く。テツオも、人の身長ほどもある野太刀を構える。だが、背後から聞こえてくる悲鳴を聞き、振り返る。テツオは目を疑った。

 トラベラーが、トラベラーを殺している! 魔物軍が押し寄せてくるのと同時に、彼らは裏切り行為を働いたのだ。いや、正確にはずっと前からだ。

「バカな……私の平和が……」

 テツオは茫然とした様子で、混沌の中を立っていた。同志たちが、仲間たちが、次々と倒れる。必死に築き上げてきた平和が、脆く崩れ去る。

「平和とは、砂上の城よ。ちょっとしたきっかけで、簡単に崩れる」

 テツオの隣に、ガシラが立つ。その鎧には血がベッタリとついていた。

「お前たちの目的は、なんだ?」

「復讐だ。お前たちへの。そしてこの世界へのな」

 テツオは鬨の声を上げると、振り向きざまに野太刀を振るった。が、刃はガシラのガントレットに弾かれる! 左ストレートをテツオの顎に打ち込むと、右足でテツオの左腿を蹴った! テツオは跪いてしまうが、その状態で鋭い突き! ガシラはブリッジ回避すると、三回連続バック転を打って間合いをとった。

 テツオは痛む右腿に鞭打ってなんとか立ち上がると、袈裟懸けに斬り付けた! ガシラは鋭いチョップ突きで対抗! ガントレットと、野太刀の刃がぶつかり……刃が折れた!

「なっ……」

「残念だったな。我が復讐の為、ここで死ね」

 左裏拳で顔を殴る! したたかに顔を打ったテツオはたたらを踏む! そしてガシラは地面に手をつき、ぐるりと回りながら繰り出す回し蹴りを放つ! メイアルーアジコンパッソ! 

 テツオの頭部が七百二十度回転しちぎれ飛ぶ! 意識が途切れる直前に、彼はあるものを見た。

炎に包まれる天守閣を。


 ギルトプライムの部屋にいる二人は、異様な雰囲気に包まれていた。そして、シェイドの背後から、炎に包まれた龍が! スズトの背後から、雷に包まれた龍が現れた! ほぼ同時に二つの龍は二人を飲み込み、霧散した。そこに立っているのは、元の二人ではなかった。

 シェイドは黒と赤黒の鱗めいた鎧、スズトは白と青の鱗めいた鎧に包まれた。二人とも姿はまるで違うが、龍の頭部を模した意匠のフルフェイスメットは似ていた。

 シェイドが右掌を畳に叩きつけると、そこを中心に炎の渦が広がる! スズトは腕をクロスしそれをガード、飛び上がって右ストレート! 後ろによろめくシェイドに左フック! 左フック! 左フック! さらに飛び上がっての後ろ回し蹴り! 

後ろに倒れたシェイドは、ネックスプリングで飛び起きると、顎に掌打を叩き込む! からの右ひじ、足を払って倒れさせると馬乗りになった。右パウンド! 左パウンド! 右パウンド! 腕で必死にガードしていたスズトは、シェイドを蹴ると、前に転がって立ち上がった。二人とも拳を構える。炎が、部屋中に回りつつある。炎に包まれた二人は、相手の出方を窺う。

 さて、ここで説明しなければなるまい。彼らに何が起きているのか。彼らには龍魂が憑いていて、その力を開放することによって、身体能力を極限までに強化できるのだ。しかしこの力は、武器を持つことが許されないのだ!

 シェイドが右ストレートを繰り出す! それを左ひじでガードし、カウンターパンチ! そのパンチの勢いをきりもみ回転で軽減し、横蹴り! 逆にスズトが吹き飛ばされてしまった! 

スズトはウィンドミルめいた動きで隙なく立ち上がる。そして再び拳を構えた。シェイドが飛び出し、首筋を狙ったチョップ! これを食らえば、ギロチン処刑めいてスズトの頭部が斬り落とされるだろう! その手首をつかみ、捻ると、シェイドはグルリと一回前転して畳に叩きつけられた! そして右腕を雷が包むと、瓦割めいて腹部に強烈なパンチ!

 シェイドは間一髪のところで回転回避し、立ち上がる。そこにスズトの鋭い跳び蹴り! それを掴み、足元を刈り取る! が、空中で体勢を立て直し、飛ぶ!

 一、二、三回! 三回連続キックが決まる! 弾き飛ばされたシェイドは、壁の間際で競泳選手めいてターンを決めると、逆に飛び蹴りを決めた!

 スズトは受け身を取って素早く立ち上がる。全身の筋肉が隆起し、渾身の空中胴回し回転蹴り! シェイドは腕をクロスしてガード!

全ての畳が跳ね上がり、シェイドの体が沈み、突き破る! 二人はそのままドンドン下に下がって……地面に叩きつけた! エントランスには巨大なクレーターが形成される。その中心には、スズトとシェイドの二人が残った!

シェイドは左掌底でスズトを突き飛ばすと、後ろに回って体勢を整えた。二人は同時に歩み寄り、同時に殴った! スズトのフックを腕でガードすると、両手でスズトの顔を挟み込むような打撃を与える! さらに一瞬錯乱したスズトにグルリと回転しながら地面に手をつき、メイアルーアジコンパッソを繰り出した! まともに頭部に食らったスズトはその場で半回転する。その背後でシェイドはフィニッシュムーブを繰り出そうとしていた! 左手を突き出し、右手を、弓をつがえるように後ろに下げる。右腕の縄のような筋肉が浮かび上がり……その背中に叩き込んだ!

スズトはドアを突き破り、正面の噴水を破壊して、地面に倒れこんだ。背骨が折れて死んでもおかしくなかったが、フルフェイスメットが破壊されただけだった。おそるべき耐久力といえよう。

 水たまりが広がり、後ろで燃えるスザク・パレスと、シェイドの姿を映し出した。スズトは血を吐いて立ち上がり、少しふらつきながら拳を構えた。全身に電流が駆け巡り、時間の感覚が鈍化する。ゆっくりと落ちる水滴がはっきりと見える。スズトは一歩、二歩と踏み出し、その顔に思いっきりのストレートを食らわせた。右ひじ、裏拳、左フック、右アッパーカット! 怒涛の五連撃にシェイドのフルフェイスメットの半分が割れ、驚愕に満ちた顔が露わになる。シェイドはきりもみ回転しながら地面を数回転がって、止まる。

時間の感覚がもとに戻る。一回きりの奥の手だ。これで倒せぬなら、次は無い。体力の限界より先に、精神の限界が訪れる。龍魂の使用は精神を消費するのだ。

「おかえしだ……」

 吐き捨てるように言うと、口元の血をぬぐった。倒れたシェイドの体がピクリ、と動く。スズトはせき込み、唾の混じった血を吐く。

「ホント、お前はしぶといヤツだよな……」

 両手を地面につき、立ち上がる。その背後で、炎に包まれたスザク・パレスが崩れ始める。復興と繁栄の象徴が崩れる。スズトはただ、立ち尽くすしかなかった。

 シェイドは立ち上がり、ファイティングポーズをとった。瞳が殺意の色彩を帯びる。

『イィィィヤァァァァ!』

 二人は飛び上がり、同時に右ストレート! お互いの拳がぶつかりあい、生じた斥力によって二人は吹き飛ばされた! 互いに数メートルに渡って地面を抉って止まる。そして同時にジャンプし、サイドキック! 反動で回転しながら、竜巻めいた連続回し蹴り! 指数関数的に回転速度が上昇! お互いに一歩も譲らない! 

 おお、見よ! 二人のサイドキックによって発生したソニックブームによって、周囲の建物がバラバラに砕け去る! 古の龍の戦いを想起させる、恐ろしい戦いだ!

 着地と同時に、シェイドが右ストレート! それを肘でガードし、左ショートフックだ! しかしそれも難なくガード!

 先ほどの派手な戦いとは打って変わり、二人は超至近距離で木人拳めいた攻防の応酬! 二人の体は動かない。だが! その両腕は……おお! 何ということだ! 全く見えない! もし不運な小鳥がこの間に入ろうものなら、一瞬にして血の霧に変わってしまうことだろう!

「スズト!」建物の瓦礫の影から、スズメが叫ぶ!

「……!」

 一瞬、スズトの視線が逸れ、隙が生まれた。その隙を見逃すシェイドではない。シェイドはその腹部に強烈な崩拳を叩き込んだ!

 スズトはワイヤーアクションめいて吹き飛ばされるが、空中で姿勢を制御し、受け身をとってダメージを最小限に抑えた。その傍に、スズメが駆け寄る。

「……スズト!」

 駆け寄る彼女を、スズトは押しのけた。

「邪魔するな! これは、僕の戦いだ……!」

 スズメの目が驚きに見開いた。彼の目は、いつもと違った。そう、殺意が塗りたくられていた。

「違う……!」シェイドは地獄めいた声で言い放つ。「俺の戦いだ」

 シェイドの全身から紅蓮の炎が噴き出し、口からは硫黄の蒸気を吐き出す。その瞳はコロナめいて輝いていた。

「スズト、負けたんだ」

 スズメはスズトの前に回り込む。一瞬、彼女のことを睨みつけたスズトであったが、目を伏せた。

「邪魔立てするなぁッ!」

 シェイドの両肘からジェット噴射めいた炎が噴き出し、一気にスズトとの間合いを詰める! スズトはスズメを抱くと、シェイドを正面に見据えた。

 そして、閃光! シェイドの両腕が振り抜かれる! だが……手ごたえは、ない。ブルブルと震える腕を降ろす。鱗めいた鎧が灰色に変わったかと思うと、灰燼と化して風に流されていった。

 シェイドは、吼える。

「ウオオオオオオオオアアアアアアアアア!」

 その咆哮は赤十字模様の月が輝く夜空へと、吸い込まれるように消えていった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歪み世界のエル・ドラド @kananeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ