UPDATE2.6「化け物たちのいるところ」

UPDATE2.6「化け物たちのいるところ」


 ユミは寒々しい廊下を一人歩いていた。ここは人里離れた古城「ガヴ城」。魔物の住み着く城としてトラベラーですら近づかない場所だ。実際、住み着いている。彼女が今歩いているのはその城の牢獄区画である。向かうのは、奥の拷問部屋である。

 その拷問部屋から出てきたのは、二人の鬼族だった。巨体の鬼族は汗だくで、息も荒い。ついでに、ひどい体臭だ。ユミは顔をしかめて、無意識に距離をとった。

 拷問部屋の前に着いたユミは、少し緊張した面持ちで息を整えると、ドアを開けた。

「うっ……」

 ユミはあまりの光景に顔を覆った。暗い部屋にまき散らされているのはおびただしい量の血液と、贓物、そして肉片。酸鼻な光景にユミは吐き気をこらえた。椅子に座っているのは、青い肌の人間だった。人型魔族の女性で、科学技術に詳しい専門家。ウルートである。肌の露出の多い、独特な装束を着ている。

「あの……」

 床に広がった血を避けるようにゆっくりとウルートに近づく。

「ああ、ユミちゃん? 悪いねぇ。ちょっと激しくファックした後なんで、疲れちゃって」

 ユミは思わず、さっきすれ違った二人の鬼族を思い出した。なるほど、そういうことか。

「ずいぶんと、『派手に』やったみたいですね」

「そうだな……あのサブプライムの女、ガードは固かったが、股は緩かった。あ、そうだ。今度君も一緒に――」

「――丁重にお断りさせていただきます。で、それよりもマスター・オリガミがあなたを呼んでます」

 そうだな、とウルートは自分の体を見下ろす。青い肌は血で汚れてしまっている。

「体を洗った後に、行くことにしよう。そう伝えておいてくれ」

「分かりました」

 ユミは自分のブーツに血が付着してしまったことに気づき、顔をしかめた。ここで何が行われていたのかは想像に難くないが、考えたくはなかった。この世界は、あまりにも残酷だ。拷問部屋を後にしたユミは、そう思った。


 ガヴ城の大ホールはちょっとした――というには大きすぎるが――会議室になっていた。円形のテーブルに座っているのは、大鎧を着た鬼族の長、ガシラと、銀髪と黒いドレスのような鎧を着た、不死の騎士団の女性団長、ネヴィア、そして、黒いローブの少年、シェイド。それらをまとめ上げるマスター・オリガミ。

「で、ユミ。ウルートは?」

「あ、体を洗ってから行くと」

「そうか。じゃあ始めよう」

 オリガミは手をたたいて、席に座った。ユミは驚いたように目をぱちくりさせる。

「え? いいんですか。待たなくて」

「まぁ作戦自体はかなり前から決まってるし、これは最終確認だからね。君も聞いていくかい?」

「え、あ、はい」

 ユミは空いている近くの椅子に座った。初めて座ったが、思いのほか大きな椅子に、少し驚いた。

「さて、今までの進捗状況だが、まずセンチネルを解除するための魔石の破壊だが、管理室のカギの入手はできなかった。あのサブプライムの話だと、もう一人のほうらしい。これについては作戦が展開中だ。私のアコライトたちもシティ内に潜伏できた。まぁ、大体三割ほど完了といったところだ……つまるところ、あんまり前と変わらないな。まぁ、作戦の是非は今後の行動次第だ。はい。以上、解散!」

 席についていた全員がまばらに立ち上がり、ホールを去っていった。

「え? え? もう終わりですか?」

「そう。これだけ。さぁ、帰った帰った」

 ユミはオリガミに背中を押されながら、ホールを後にする。

「え、でも、私の役割は?」

「後で教えるから安心して。とりあえず今は休んで、任務まで待ってて」

「あっはい……」

 扉の外まで押し出すと、オリガミはドアを閉めてしまった。

 城の荘厳な廊下を歩きながら、ユミは考えていた。今の生活について。少なくとも、無差別に人を殺していた時期よりは充実していると思う。今は目的があるからだ。これからもっとたくさんの人が死ぬだろう。そして私も、殺すはずだ。

 そう考えた瞬間、思わず足を止めた。気が付くと、体が震えていた。何を今更怖がっているのだろうか? 

「やらなくちゃ……あの人に失望されない為にも」

 そう言うと、体の震えが止まった。そして決断的な足取りで歩き始めた。自信なんかない。だが、やるだけだ。


 バルコニーには大鎧を着たガシラとシェイドが並んで立っていた。二人とも、空の月を見上げている。ガシラは、シェイドに武術を教えた師範である。主にオリガミが剣術を、ガシラが体術を教えていた。

「お前は潜入任務か。できるのか? その殺気を、抑えられるか?」

 シェイドはバルコニーの手すりに寄りかかる。

「出来るさ。ウルートの奇妙な仮面さえうまく機能すれば」

「彼女の腕を信じていないのか?」

「信じているが、妙な気分だ。あのトカゲも」

「ひどいなぁー……少しは信じなよ」

 上からウルートの声。彼女は八本の触手が伸びる特殊な背嚢を背負い、壁を伝って降りてきたのだ。触手は壁に貼り付けるだけではなく、伸縮自在だ。主に機械の分解組み立てや、拷問、彼女のお楽しみの為に使われる。

「そういうことをしているから、疑われるんだ」

「あら、でも今日呼んだ鬼族の二人は楽しんでいたわ?」

 またか、とガシラは額に手を当てた。彼女はよく無断で行動する。それでも文句を言わないのは、彼女の腕が確かだからだ。ウルートは逆さまの状態から、くるりと回って猫のように静かに着地した。触手が背嚢にしまわれる。

「ウルート、あまり勝手な行動は慎んでくれ。グランドマスターはあえて何も言わないが――」

 ガシラが諭すようにウルートに言うが、ウルートはその言葉を無視して絡みつくようにガシラの頬に手を当てた。

「イラついているの? 今夜私がお相手してあげましょうか?」

 ガシラは目を細め、ウルートを突き飛ばそうとするが、煙のようにくねくねと動いてガシラから離れた。

「フフ、冗談よ。フブキさんによろしくね」

 ウルートは背嚢から触手を伸ばして、そのままバルコニーから消えた。

「全く、困った娘だ」ガシラは呆れたように肩をすくめる。

「ええ、本当に」

 美しい少女の姿をしているが、実年齢は百歳を超えているというのだから驚きだ。彼女の一族は代々科学や魔術の研究をしているらしいが、不老不死の霊薬でも作り上げたのだろうか?

「では、俺は準備があるので」

「おう。頑張れよ」

 フードを被りなおすと、シェイドはバルコニーから出て行った。


 オリガミの自室にて、オリガミとネヴィアの二人はポーカーをしていた。ネヴィアは黒いドレスめいた鎧を着ている。腰には豪奢な鞘に納められた剣を提げていた。流れるような銀髪が彼女の顔の美しい輪郭を強調している。その顔は若いが、同時に老いている。

「私はチェスの方が好きだ」

 ネヴィアはつまらなそうに呟く。そして二枚の手札を捨てた。

「グランドマスターの趣味でね。あの方がいつも勝ってしまうんだ。ロイヤルストレートフラッシュで」

 ネヴィアは顔を上げ、片眉を上げた。

「ズルしてるのでは?」

「さぁね……あの方は運命を操るとか」

 オリガミは手札を一枚捨てる。

「さて、コールだ」

 ネヴィアとオリガミは同時に手札を見せた。オリガミはスリーカード、ネヴィアはワンペアだった。その結果を見たネヴィアは顔をしかめる。

「私は運命を信じない」

「ルールを知らなかっただけじゃない?」

「チェスではこうはいかない……特に、戦場では」

 ネヴィアは立ち上がると、そのまま部屋から出て行った。騎士たちとチェスでもやるのだろう。オリガミはそう考えるようにした。あの黒い鎧の下にはおぞましいものが潜んでいる。想像を絶する化け物が。

 オリガミは椅子の背もたれに寄りかかる。

「不死は呪いだろう……だから彼女は死を求めるために、戦場に繰り出す。運命には打ち勝てない」

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