UPDATE2.5「侵略戦争 #1」
UPDATE2.5「侵略戦争 #1」
〈これまでのあらすじ〉
スズトの元で修業を積んだアランは、半年に一度開催されるという闘技大会に出場することに決めた。強敵たちを見事倒し、予選を勝ち抜いたアランは、ついに決勝大会の切符を手に入れた。だがその裏では、何者かの影が蠢いていた……
ゼンモン・シティは、お祭りのムードに包まれていた。いつもより華やかで、かつ騒がしくもある。これも復興の賜物だろう。そんな中を、緑の外套を着た茶髪ポニーテールの少女、ユミと、白いローブを着た黒髪の女性、オリガミが並んで歩いていた。
隠れて見えないが、ユミの外套の下には携帯用ボウガンが二丁、オリガミの腰には一対のトマホークが提げられている。普段シティで武装しているトラベラーは多くない。いるとすれば、外から来たトラベラーぐらいだ。シティ内での戦闘行為はセンチネルによって監視されているし、万が一戦闘行為が発生した場合、力をもって仲介する。また、魔物が踏み込んできた場合も同様だ。従って、シティ内での武装はほとんど意味はなさないのだが、二人は何かを警戒しているようだった。
「わざわざマスターが来ることはなかったんじゃないですかね」
「え? なんで?」
「だって……あなたのような人が来なくたって――」
オリガミはユミの前に回り込むと、その唇を人差し指で押さえた。
「せっかくのお祭りだもの。楽しみたいわ。私は」と、ウィンクした。
「は、はぁ……」
ユミは少し頬を赤らめ、力なく数回頷いた。二人は再び歩き始める。進む先にはスザク・パレスがそびえている。
「それにね。ちょっと挨拶にもいかなきゃいけないのよ」
「お友達ですか?」
「似たようなものね」
「でも、戒厳令のせいで外にでるのは……」
「知ってるさ」
サブプライムの二人が行方不明になり、シティへの出入りは厳しくなっていた。他にも公表はされていないが、犠牲者は大勢いるはずだろう。シティ内での不安感は高まりつつある。それを払拭するつもりでも、この闘技大会を開いたのだろう。
さて、とオリガミは手を腰の後ろで組んで、くるりと振り返った。
「決行は今夜だ。準備は?」
ユミは驚きのあまり口に手を当て、慌てて走り去ってしまった。オリガミは肩をすくめ、青空を仰ぐ。
「さぁ、世界が変わる日だ」
闘技場のあたりから色とりどりの花火が上がる。これから決勝大会が、始まろうとしていた。
円形のコロッセオ型闘技場のスタンドは観客で一杯になっていた。トラベラーだけではなく、一般の人たちも多い。紙吹雪が舞い、歓声が沸き起こる。選手の入場だ。
闘技場に足を踏み入れたアランは、歓声の大きさに驚いた。彼にとっての初めての体験である。右手に握っているのはボー。オーソドックスな打撃武器である。頭頂部に括り付けているのは小玉スイカ。相手の選手も入場する。焼けた肌が特徴的な男だ。相手もアランと同様、ボーを持ち、スイカを頭部に括り付けている。彼の名はユダ。ギルドの中でも強豪の一人である。
さて、ここでルールを説明しよう。要は頭部のスイカを破壊すればよいのである。武器はボーと自らの体。単純で分かりやすいルールだ。だがその分、戦い方も数多く存在する。相手の動きを封じて割るのも良し、真っ先に割に行っても良し。
二人は中心で向かい合うと、ボーを脇に置いてそれぞれお辞儀した。相手に敬意を払うのである。そしてそのコンマ五秒後、二人は目にもとまらぬ速さでボーを手に取り、激しく打ち合い始めた。
あまりの早さに、観客席から一層大きな歓声があがる。始まりの挨拶が試合開始の合図であるこの競技では、お辞儀の後、どれだけ早く攻撃に転じることが出来るかというのが、最も大事な部分である。いくら棒術が強くとも、体術が強くとも、早さで負ければ勝機はないのである。
アランが相手の脛をめがけた一撃を繰り出す! ユダは小さく跳躍してそれを躱すと、ボーを大きく上に振り上げて、振り下ろす! だが、脛を攻撃した時から、ユダはアランの罠にかかっていた。
アランは横に回転して避けると、ユダの着地点を狙って水面蹴り! 足を掬われたユダは転倒!
「トドメだ!」
逆手に持ったボーを振り上げ、突き刺そうと振り下ろした! 反応しきれなかったユダのスイカが破裂!
「ソコマデ!」
二人いる審判が二人の間に割って入る。ユダはふらつきながら立ち上がり、後ろに下がる。アランも後ろに下がった。ユダの後ろからスイカ付け替え係が登場、ユダのスイカを付け替えた。二人の審判が脇に出て、試合は再開する。
二人は腰の高さでボーを構える。そしてお互いのボーの先を突き付け、にらみ合いながらじりじりと前進と後退を繰り返す。速さが重視される一回戦とは違い、二試合目は慎重な、静かな戦いになる。その分、決まるのは一瞬だ。
思わず観客の歓声も止み、闘技場が静まり返る。時折、ボー同士がぶつかり合うカン、カン、という乾いた音だけが響く。
だが、よく見てほしい。アランが少しずつ押されているではないか! ユダの強烈な一撃を受けてよろめくアラン。ユダはその一瞬を見逃さず、手の甲を打った! アランは痛みに顔をゆがめ、その右手を放してしまう。そして、目にもとまらぬ速さでユダのボーがアランのスイカに突き刺さっていた!
「ソコマデ!」
「油断したのでは?」
ユダは口元に笑みを浮かべながら後退する。それに対してアランは何も言わずに下がる。スイカ付け替え係がアランのスイカを付け替えた。
再び試合が始まる。次勝利したものが決勝戦へ出ることが出来る。ユダは半身になり、胸の前でボーを構えながら、すり足で接近する。アランは左手を前に、右手でボーの半ばを持って、後ろに構える。
「……?」
ユダは訝しんだ。こんな型は見たことがない。少なくとも、ボーを使ってやることではない。血迷ったか!
素早くアランの目の前に移動し、剣道めいてボーを振り下ろす! アランは右腕を振って、ボーの左端で防ぐと、反動で回転しながら右端でユダの左上腕を打った! 見事なカウンターが決まった!
意表を突く動きに歓声が沸き起こる! 痛む左上腕を押さえながら、ユダは後退した。二者は構えなおし、相手の出方を伺いながら同心円状に動き始めた。
ユダが突きを繰り出す! それを左手で逸らすと、懐に飛び込んで膝蹴りを腹部に加える! くの字に折れ曲がったユダの体、アランはユダの頭部に頭突きを繰り出す! したたかに頭部を打たれたユダは頭を押さえ、ふらつく。ユダは一文字にボーを振るった。が、手ごたえがない!
「何⁉」
それどころか、正面にはアランの姿は無かった。
「上⁉」
上を向くと、逆さになりながらこちらを見下ろすアランが見えた。一瞬の出来事であったが、アランはボーを地面に突き付けると、その反動で宙に飛んでいたのだ!
ユダの背後に着地したアランは、ユダの右膝裏を打ってひざまずかせると、左上腕を打った。蓄積していたダメージが左腕を使用不能にした!
そして、ボーを振り上げ、振り下ろす! ユダは右手に握ったボーで防ごうとするが、右腕だけでは満足に振るうことはできない! スイカが破裂!
一瞬、会場が静まり返ると、一気に歓声に包まれた。アランは倒れたユダに手を差し伸べ、立たせた。
「強いな。君は」
「あなたこそ。いい勝負でした」
二人はがっしりと握手をすると、ユダは微笑んだ。そして二人は握手をしたままお互いの肩を抱き合うと、それぞれの入口へと戻っていった。
中では既にスズトが待っていた。スズトがアランの肩をたたく。
「よくやったな。さすがだよ」
「ありがとうございます。ところで、なぜあなたほどの人が闘技大会に出なかったんです?」
それは、と言いかけて言葉に詰まった。気まずそうに目線を逸らす。
「逃げてるんじゃないんですか。俺にはそう見えます」
「アラン、俺はな――」
「――逃げるのか?」
歩き始めようとしたスズトの胸倉を掴んで、止めさせる。その言葉にはどこか冷たい響きがあった。どこかで感じた寒気に、スズトは体を震わせた。
「おい、ちょっと、やめないか」
そんな二人を裂くようにスズメが間に入った。スズメは若草色のドレスを着ている。どうやらアランに挨拶をしようとしたようだが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
「どうした。アラン? 様子がおかしいぞ?」
スズメがアランの肩に手を置いたが、それをはね避ける。アランは俯くと、大きく息を吐いた。
「すいません。少し、興奮していて」
「まぁ、アイツにもいろいろあるんだ。分かってくれ」
アランは数回頷くと、闘技場から出て行った。スズメはそれを見届けると、スズトを見た。彼は少しの間、何か考えにふけるように、壁に寄りかかっていた。
「スズト?」
「……久々に感じたんだ。殺気を」
スズメもスズトに並ぶようにして壁に寄りかかった。壁に掛けられたランタンの優しい明りが、二人を照らす。闘技場の方から、歓声が上がる。試合が始まったらしい。
「もう戦いは避けられない、か」
「そうかもな。にしても――」
スズトはスズメのドレス姿を見て、
「――ずいぶんと女らしい恰好してるじゃないか」
「ハッ、女が女の恰好して悪いか?」
「別に。でも、少し前までは考えられなかったよ。お前がそんな恰好するなんてな」
「分かることなんてあるものか」
スズメは出口に向かって歩き始めた。太陽の光を受けて、ピンク色の髪が輝く。
「そうだな。分からないことだらけだ」
その日の夜。シティ外の森の中、アランが一人で歩いていた。その付近で、いくつかの影が動いている。アランはそれに気づいていない様子で、古い遺跡跡まで来ると、足を止めた。周囲の物陰から、三人の男女がアランを囲むように現れた。
「アラン君、先ほど女性と会っていたな。何を話していた?」
「一体それが何と関係があるというのです?」
「聞いていたのだが、君たちの会話をね。で、内容から察するに……行方不明のサブプライムに関係がある」
三人の男女が同時に剣を抜いて、スズトに突き付けた。不穏な空気が流れ始める。まさに一触即発。
「もっと踏み込んで言えば、殺したのは……君たちだな?」
そう言い終わるや否や、アランは腰の投げナイフを喋っていた男に、アンダースローで投げつけた。額にナイフが突き刺さ……らなかった! 二本の刀でそれを防ぐ。シェイドは舌打ちする。
背後からクレイモアを持った男が下から逆袈裟に斬りかかってくるが、それをしゃがんで回避! そして右ストレートで顎を砕いた! さらにもう一人レイピアを持った女が鋭い突きを繰り出す! それを半身で躱すと、突き出した手首を握り、投げ飛ばす!
アランは三連続バック転を決めると、高く跳躍して柱の上に着地した。カウンターを食らった二人がよろよろと立ち上がる。
柱の上に立ったアランは、腰のバッグから黒いローブを取り出し、羽織った。そして右手を顔に当てると、アランの顔が蜃気楼のように揺らめき、消える。そこから現れたのは、銀色ののっぺりとした卵型の仮面。
「仮面……?」
女がつぶやく。アランだったものがその仮面を外す。そこにあったのは、シェイドの顔だった。両腰から、剣を引き抜く。柱から跳ぶと、四回連続前転で着地した。と、同時にクレイモアの男に向かって走り、その喉に剣を突き刺した。
レイピアの女は何やら奇声を発すると、シェイドに向かって目にもとまらぬ速さで連続突き! 突きをできるだけいなしつつ、接近し、レイピアを叩き落す。そして水面蹴りで女を倒れさせると、腹部に正拳突き! 女は木にぶち当たって落ちる。女はせき込みながら立ち上がると、腰の二本のナイフを抜いた。背後には刀を持った男。挟まれた。
「ヌゥ……」
シェイドを挟んだ二人は、じりじりとその距離を縮めていく。そして同時に跳んだ! 万事休すか! しかし、シェイドは半身になってその同時攻撃を見事に避けてみせた! シェイドの前後を二人が通り……前の男の背中を肘で叩き落す! 肺から空気が抜け、男は喘ぐ。
背後から女がナイフで刺そうと襲い掛かるが、剣を後ろに回して防ぐ。弾き飛ばすと、両手の剣を逆手に持ち変えると、後ろに突き刺した。女の体から剣を引き抜き、持ち変える。腹部二か所を刺された女は、力なくその場に崩れ落ちた。
残された男は跳ね起き、三連続バック転を決めて距離を取ると、刀を背中に納めて腰のトマホークを取り出した。男は走り出すと、両手のトマホークを投げつけた! シェイドも剣を腰の鞘に納め、走り出す!
飛んでくる二本のトマホークをキャッチ! 投げ返した! 男はすでに背中の剣を抜刀しようとしており、キャッチすることができない! 男は姿勢を低くして、スライディング! シェイドは跳躍して剣を引き抜いた!
男の頭上を飛んでいくトマホーク! 互いの剣がぶつかり、火花が散る! 反動で二回連続バック転で着地したシェイドは、右手の剣を突き出す! 男はそれをハイキックで弾き飛ばす! シェイドは左の剣を突き出す! 相手も剣で防ぐが、それをからめとって飛ばす! お互いの剣は一本ずつ、激しい打ち合いが始まった!
シェイドが上段を攻める! 男はそれを防ぐ! 男が中段を攻める! シェイドはそれを防ぐ! シェイドが下段を攻める! 男はそれを防ぐ! シェイドは男の顔を右ストレートで殴り飛ばす! よろめく男に決断的な歩調で近づくと、腹部に強烈な跳び前蹴りを浴びせた! 男は木に当たり、寄りかかりながら崩れ落ちた。
シェイドは落ちていた自分の剣を拾うと、男の首筋に刃を当てた。男は口から血を流している。
「プライムは……間違っていなかった」
「あの男は、気づいていたのか?」
「だとしたらどうする?」
「殺す」
「殺してどうする? 全てのトラベラーを敵に回すのか?」
「そうだ。トラベラーをすべて殺す」
「お前は必ず死ぬ。必ずだ。いつかお前を――」
男は自分の胸を見下ろした。その左胸に、剣が刺さっている。男は目を見開き、息絶えた。
中々の強敵だったが、こんなところで倒れるわけにはいかない。シェイドは剣を抜き、血を振り落とすと、鞘に納めた。
夜は長い。戦いはこれからだ。
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