―8月6日、広島に原爆が投下された―


 夜空に浮かぶ明るい光。

 光の点滅が川辺を漂う。


「……お兄ちゃん、あれはなに……」


「きっと……ヘイケホタルだよ……」


 ホタルなんて嘘だ……。

 きっとあれは……迫り来る火の粉……。


 女の子に恐怖を与えないように……

 僕は嘘をつく。


 僕がついた初めての嘘だ……。


 視力を奪われた僕の目には……

 迫り来る火の粉が、蛍の朧気な光に見えた。


 恐怖心を和らげるために、僕は紘一と見た蛍を思い出す。


 6月から9月に見られるヘイケホタルは、ゲンジホタルよりも光は弱い。


 その光は儚くて、揺れるような朧気な光。


 まるで、僕みたいだ。


「お兄ちゃん……水が…飲みたい」


 その声を最後に、女の子の声は聞こえなくなった。


「……ここにいたのか、捜したぞ!大崎君、大丈夫か!しっかりしろ!」


 聞き覚えのある声がした。

 その声は谷崎大佐だった。僕は谷崎大佐に抱き抱えられる。


「……女の子を……先に助けて下さい」


「……残念だが、女の子はもう亡くなっている」


「そんな……」


 僕は救助活動をしていた部隊により、陸軍救護所に運ばれ手当てを受けたが、全身に及ぶ重度の火傷と致死量の放射線を浴びていた。


 被爆の実態は未来で目にし、十分わかっている。


 僕の命の灯火が、あと僅かなことも……。


「……ご両親はどこに住んでいる?誰か、連絡したい者は?」


 鉄道寮の仲間は……


 紘一や軍士は……


 未来から来た桃弥君は……。


「紘一……軍士……桃弥くん……」


 思わず、名前を呟いた。

 僕の大切な友達……。


「それは君の仲間か?私が責任を持って連絡する。どこに連絡すればいいんだ」


 僕は大きく息を吸い、首を左右に振る。


 僕は最期まで、鉄道寮のことは話さなかったよ。これは、男と男の約束だから。


「………ね……ねちゃん」


 僕の体はぼろぼろに傷付いていたけど、僕の心は穏やかだった。


 生死の境を漂いながら、僕は夢を見ていたんだ……。


 平和な日本で、音々ちゃんと桃弥君と過ごす……楽しい夢を……。


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