10

 ◇◇


 2016年、夏。


 ―公民館、剣道場―


「えい!とうー!」


 夏休みになり、道場には元気な子供たちの声が響く。開け放たれた窓から、桃弥君と音々ちゃんの姿が見えた。


 ――練習終了後、2人は練習試合を始めた。

 みんなが見守る中、2人で向かい合う。


 特別ルール、5分間1本勝負。

 有効打突を1本先取したものの勝ち。


「始め」


「とりゃー」


 桃弥君が声をあげ、音々ちゃんを威嚇する。

 先に仕掛けたのは桃弥君。竹刀がぶつかり合う音がする。互いの竹刀をクロスさせたままにらみ合う目と目。


 桃弥君はしきりに胴や小手を狙う。

 焦れったいな。


 桃弥君の実力なら、瞬時に決着はつくのに。


 竹刀を振り上げ、音々ちゃんは桃弥君の面を狙う。

 ほぼ同時に、桃弥君の竹刀は音々ちゃんの胴を打ち突けた。


 ◇


 ―午後9時―


 公民館から徒歩2分の距離にあるコンビニ。


「バニラがいい」


「ちぇっ、何でまた俺が奢んなきゃいけねーの?藤堂先生は女に甘いんだから。ぜってぇ、胴ありだったはずだ」


「面ありだよ。何度タイムスリップしても、ももは私に勝てないよ」


「ばーか、俺はわざと負けてやったんだよ」


 そういえば……

 桃弥君は音々ちゃんに面を打ったことがない。いつも、狙うのは胴か小手だ。


 桃弥君はいつも音々ちゃんに手加減している。どうして、そんなことをするのか僕にはわかっているよ。


 桃弥君、もっと自分の気持ちに素直になればいいのに。


 ――僕が2人に逢えるのは、夏の間だけ。

 風がなく、ムシムシとした、月明かりのない夜。気温が高くくもりなら尚更いい。


 僕はあまり長くは生きいられないんだ。だから、少しの間でいい、2人の傍にいさせて。


 桃弥君はいつものようにバニラアイスを2本掴むと、レジに持っていき財布からジャラジャラと小銭を取り出した。


「もも、いつもありがとう」


「はあ?」


「ももは女の子に面を打てないんでしょう。優しいんだね」


 音々ちゃんは鋭いな。

 桃弥君の気持ちに気付いている。


 明るくて活発な性格の音々ちゃん。

 そんなところも、僕は好きだよ。


「ねね、今頃気付いたのか。俺様は超優しい男なんだよ」


 そうだね、桃弥君は世界一優しくて勇気のある男だ。臆病な僕にも優しく接してくれたし、僕の大切な仲間を助けてくれた。


「……ってことにしといてあげる。本当は私より弱いんだけどね」


「こいつ、生意気な」


 桃弥君は音々ちゃんの額をアイスの棒でこつんと叩く。相変わらず、仲がいいな。


 コンビニ前にしゃがみ込んだ2人。いつもの定位置だ。僕は何度も音々ちゃんに近付こうとするけど、2人の仲の良さに圧倒され傍に近づけない。


「リベンジしていーか」


「いいよ。いつでも受けて立つ」


 次の瞬間……

 桃弥君の唇が、音々ちゃんの唇に優しく触れた。


「えっ?えっ?」


 ………えっ!?……えっ!?

 僕の見ている前で……そんな……。


 思わず赤面する僕。


「リベンジしていいって、言ったろ。隙ありだ」


「ず、狡いよ……」


 不意に口づけするなんて狡いな。


 僕は音々ちゃんに、触れることは出来ないのに。


 でも、2人の仲睦まじい姿を見ていると、僕は幸せな気持ちになれるんだ。


 2人みたいに素敵な恋をしたくて、僕は草むらで青白い光を点滅する。


 す き だ よ 。

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