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「昨日、米国の大統領が広島を訪問し慰霊碑に献花した。紘一が誰よりも……待ち望んでいたことじゃ。わしらの長年の願いが通じたんじゃ。桃弥君、音々さん、これからの日本の未来は若いあんたらが作っていくんじゃ。核兵器による被爆者をもう二度と作ってはいかんのじゃ」


「はい。軍士さん今日はお話を聞かせて下さりありがとうございました。どうか、お体をお大事に、時正や紘一さんの分も長生きして下さい」


「ありがとう。これで、もういつ死んでも思い残すことはない……。桃弥君と音々さんに逢えて胸のつかえがおりました」


 軍士さんは俺達の手を握り、何度も『ありがとう』と繰り返した。


 ――軍士さんとご家族に別れを告げ、俺達は家を出る。


 原爆投下直後の広島の様子を聞き、俺達の心の中で何かが変わった気がした。


「ねね、時正はもしかしたら……8月6日を2度繰り返したのかもしれない。1度目の原爆投下で息を引き取る直前に、この時代にタイムスリップしたのかもしれないな」


「……そんな」


「初めて出逢った時、時正は『外で作業しとったら、空がピカーッと光った』って、言ったんだ。時正はあの日室内ではなく外にいたんだよ。直爆を受けても、仲間を助けたいと願う一念が、時正の体をこの時代にタイムスリップさせたのかもしれない。俺達は……時正に1945年に導かれたんだ」


「時正君が私達を……?もも、あの社宅があった場所って、昔鉄道寮があった場所と近いのかな」


「……どうだろう。この辺りも東区だよ。8月6日の深夜、俺達が逃げ込んだ山って……」


「もしかして……この団地!?」


「……俺達が何度も過去にタイムスリップしたのは、鉄道寮と社宅が同じ場所だったから……!?」


 俺達は団地の上を目指して歩く。

 団地の高台には、木々に囲まれた小さな公園があった。


 さわさわと木の葉が揺れる。

 懐かしい風が、頬を撫でる。


「……もも、ここは……もしかしたら」


「ねね……俺達はここで蛍を見たんだ」


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