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 “広島上空に米軍機の爆音が鳴り響く。いつもより、低空飛行。空襲警報は鳴らない。”


 前日寮生が配った警告文を読んでいた市民の中には、深夜広島を逃げ出した者も僅かだが存在した。広島に留まった市民の中には、自主的に防空壕へ急いだ者もいた。


 一方、陸軍に捕らわれた時正は、更なる取り調べのため駐屯地から広島城内にある中国軍管区司令部の地下豪に移送された。そこで、必死に原爆投下の危険を訴えたが、警告文はあくまでも自分1人で作成したと主張した。


 ――7時45分、警察署から逃げ出した紘一と軍士は、鉄道寮の仲間がいる防空壕に向かったが、防空壕の中に残っていたのは国男と数名の仲間だけだった。


 軍士は戸外ですでに作業している者に、防空壕や屋内に避難するようにと説得する。紘一は鉄道寮にいた仲間に、防空壕へ戻るようにと説得したが、和男は最後までその指示に従わず戸外の作業に出ようとし、紘一はそれを命懸けで阻止した。


 ――そして……8時15分17秒、広島に原爆が投下された。


 “産業奨励館(原爆ドーム)の東側に位置する広島市細工町にある島病院の600メートル上空で閃光が光る。原爆炸裂の高温により巨大なキノコ雲が生じ、放射能を含んだ黒い雨が広島の街に降り注いだ。”


 巨大なキノコ雲は、青い空と広島の街を一瞬でモノクロームの世界に変えた。


 紘一は和男や数名の仲間と共に、鉄道寮内で被爆した。軍士は国男や仲間と共に、防空壕内で被爆した。


 “広島市長は市長公舎で家族と共に被爆し即死だった。”


 そして、時正は広島城内にある中国軍管区司令部の地下豪で被爆した。小窓から入った熱線と衝撃波により、時正は両目を負傷し、視力を奪われた。


 視力を奪われても尚、鉄道寮の仲間の元に戻るべく、這うように地下壕の外に出た時正。


 “爆心地で戸外で被爆した者は即死、建物内や防空壕にいて奇跡的に助かった者も、猛烈な火と煙の中、重度の火傷を負い苦しみながら自ら川に飛び込み、川には無数の亡骸が浮かんでいたという。”


 時正は被爆地を徘徊し火災に巻き込まれた。陸軍谷崎大佐に発見され、救助活動をしていた部隊により陸軍救護所に運ばれ手当てを受けたが、全身に及ぶ重度の火傷と致死量の放射線を浴び、救護所で力尽きた………。


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