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軍士さんは目を見開いたまま、桃弥の手を握った。
「……温かいのう。血の通った手じゃ。これは夢じゃないんか?あんたは幽霊じゃないんか?ほんまにあん時の桃弥君なんか……?」
「はい。軍士さんは鉄道寮の部屋のドアにつっかえ棒をし、布団を重ねてドアを封じましたよね。俺達を逃がすために窓を開けてくれた。『わしらは必ず生き延びる!またいつか逢おう!約束じゃ!』って、紘一さんが俺達に言いました。だから……逢いに来たんです」
「……ほんまに、桃弥君なんか?何であん時のままなんじゃ」
目の前にいる俺達の姿に、軍士さんは戸惑いながらも涙を零した。
「軍士さん、タイムスリップってわかりますか?鉄道寮で説明しましたよね。俺達はこの時代の人間なんです。あの時、俺達は2016年から、1945年にタイムスリップしていたんです」
「……タイムスリップ?それじゃあ、蛍子さんが亡くなった時、紘一の家に居候しとったんも、桃弥君と音々さんなんか?」
「……はい。そうです。俺達、時空を何度も超えました。でも、わからないんだ。原爆投下の警告文を作った時正が、何で死んでしまったのか、どうしてもわからないんだ。軍士さんならご存知ではないかと思い、ここまで押し掛けてしまいました」
「……紘一は2人に話さんかったんか」
「はい。戦時中のことは思い出したくないと言われて……。蛍子さんの病気のこともあり、とても辛そうでそれ以上は聞けませんでした」
「……ほうか、紘一は責任感の強い男じゃったからのう。あの原爆投下で死なずにすんだ寮生は、鉄道員と一緒に6日の昼過ぎから、“山陽本線の一部や市内の貨物線を、被爆者の救援目的のために救援列車として多数運行”したんじゃ。
紘一とわしは、あの日、寮生が止めるのも聞かず時正を必死で捜した。
けど、やっと見つけた時正が、被爆死したことを知り、無惨な遺体と対面し愕然としたんじゃ。紘一は『時正を死なすくらいなら、自分が死ねばよかったんじゃ』言うて、自分を責めてのう……」
「お祖父ちゃんが……そんなことを……」
「その後、その年に14万もの人が原爆で亡くなったことを知り、紘一はショックを受けて、あの日のことを一切口にしなくなったんじゃ」
お祖父ちゃんはずっと罪の意識を抱えたまま生きてきた。だから、私が聞いても何も答えてはくれなかったんだね。
軍士さんは当時のことを振り返りながら、陸軍救護所の看護師や、陸軍谷崎大佐から聞いた時正の最期を、ぽつりぽつりと語り始めた。
◇◇
――1945年8月6日。
深夜零時25分、2回目の空襲警報が鳴り響く中、警察に捕らえられた紘一と軍士は、事情聴取で原爆投下を予言し危険性を訴えた。
当然、そんな話は誰にも信じてはもらえなかったが、『米軍機が偵察に来るため、“7時9分に空襲警報が鳴り、7時31分には警報解除される』”と予告し、同時刻に空襲警報が鳴り、同時刻に解除されたことで、警察署内は騒然となり、混乱の中2人は警察署を逃げ出した。
“午前8時過ぎ、広島県警所轄は呉海軍鎮守府に「敵機が広島方面に向かっている」と電話連絡をした。”
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