音々side
83
「……ねね、時正は祖父ちゃんの弟だったんだ」
桃弥の言葉は衝撃的で……
私はすでに混乱している。
「ねね、これを見て欲しい。これは大崎家の過去帳なんだ。ここに時正のことが記載されている」
「……過去帳?」
私は過去帳を手に取り、必死で時正君の名前を探した。ここに時正君の名前があるはずはない。なぜなら、過去帳は死亡者の年月日や法名を記載したものだから。
そう思っていたのに、そこに時正君の名前を見つけ、過去帳から目を逸らすことが出来なかった。
涙が溢れ……頬にこぼれ落ちた。
「……意味がわかんないよ。このビラを作ったんだよ。時正君は原爆投下を知っていたのに……どうして死んじゃうの。嘘だ……嘘だ……」
私は取り乱し、泣き叫んだ。
「俺は時正がどうして死んでしまったのか、真実が知りたい」
「もも、あの日時正君は、中島新町のお婆ちゃんの家に来たんだよ。そのあと……」
そのあとの記憶を手繰るが、モノクロームの景色に包まれはっきりと思い出せない。
「父ちゃんが言ってた。『母ちゃんの祖父母は原爆投下の日、中島新町に住む曾祖母やご近所の方と運良く県外に逃れて被爆を免れた』って。時正は一緒に逃げなかったんだよ」
「……逃げなかった」
◇◇
―脳裏に蘇るあの日の記憶―
深夜に時正君の父親がトラックで迎えに来た。
あのまま、逃げ切れると思っていた。
でも……
それは許されなかった。
わずか数メートルでトラックは停止を余儀なくされた。
――陸軍だ……。
『僕が話をする。ビラを配ったのは僕じゃ。音々ちゃんはみんなと一緒に行ってくれ』
『時正君……』
『父ちゃん、母ちゃん、婆ちゃんを頼む』
『わかった。今から家に帰るところじゃと説明する。それでええな』
『うん』
2人の軍人がトラックに近づく。
皆の緊張感は増し、富さんが抱いていた子供が泣きだす。
『貴様ら、こんな時間にどこに行く』
『身内に不幸がありまして、葬式があるけぇ親戚を連れて家に帰るところじゃ。軍人さん何かありましたか?』
時正君のお父さんは軍人にそう説明し、問い掛けた。
『市内のあちこちで、夜逃げ同然町を出るものが後を絶たないと、本部から連絡があり検問中だ』
軍人はみんなの荷物を検査し、時正君のポケットから1枚のビラを見つけた。
『貴様、なんでこがあなもんをもっとるんじゃ。貴様が反戦運動の首謀者か!取り押さえろ!』
時正君は軍人によりトラックの荷台から引きずり降ろされたが、激しく抵抗しトラックとは反対の方向に走る。
『待てー!』
『父ちゃん、はよう行くんじゃ』
軍人に捕らわれた時正君が、地面に組み伏せられ大声で叫んだ。おじさんがトラックのアクセルを踏む。おばさんは荷台で身を乗り出し時正君の名を泣き叫ぶ。
『時正――!』
私は泣きながら、おばさんの体を支えた。トラックは猛スピードで夜道を走る。
荷台に残された時正君のカバン。
軍人に取り押さえられた時正君の姿が、だんだん小さくなる。時正君のカバンを胸に抱きしめ、涙が溢れて止まらなかった。
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