82
◇
―午後9時過ぎ―
「おばさん。夜分にすみません。ねねいますか?」
「あら、桃弥君こんな時間にどうしたの。2人とも喧嘩でもしたの?音々、今日様子が変なの。部屋にいるから上がって」
「はい。お邪魔します」
俺は玄関で靴を揃え、2階に駆け上がる。音々の部屋のドアを開けると、「キャア――!」という悲鳴と共に枕が飛んできて顔面にぶち当たった。
「ひでえな」
「やだ。何時だと思ってるの?私、もうパジャマなんだけど。信じらんない」
音々は白いパジャマ姿、胸元をクッションで隠している。
「……っ、ごめん。俺達幼なじみだろ。今更恥ずかしがらなくても、兄弟みたいなもんじゃん」
本当は、音々のパジャマ姿にドキッとした。照れくささを隠すために、わざと平気な振りをする。
「どうせ、私は兄弟ですよ」
音々は頬を赤らめ、不機嫌な眼差しで俺を睨み付けた。
「それで、こんな時間に何か用?」
「ねね、これを見てくれ」
俺は1枚のビラを音々に差し出す。
紙は変色し所々破れ、墨も薄れていたけれど、そこには確かにこう書かれていた。
【警告。広島市民に告ぐ。8月6日朝8時15分、米軍が新型爆弾を投下。中島地区(中島本町、材木町、天神町、元柳町、木挽町、中島新町)の住民は即刻町から退避せよ。
広島から退避出来ない市民は出来るだけ離れた場所に避難するか、防空壕に避難せよ。】
「もも……これは……」
「俺達が書いた警告文だ。ジーパンのポケットに入っていたんだ」
「もも……。やっぱりあれは夢じゃない。思い出してくれたのね」
「思い出したよ……。俺達は第二次世界大戦の広島にいた。原爆投下から広島の人を守るために、時正と日の丸鉄道学校の寮生と、ビラを配ったんだ」
「うん……。お母さんも私達のこと覚えていたよ。あの時の少女が私だってことはわかってないけど、当時家族以外の少年少女が社宅にいたって。
私達、過去にタイムスリップしていたんだよ。もも、時正君を捜そう。守田のお祖父ちゃんも大崎のお祖父ちゃんも生きていたんだ。時正君もきっと生きているはず」
音々は瞳を輝かせている。
時正が今も生きていると信じて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます