音々side

76

 ――深夜、祖母は家族と共に社宅に戻った。


 曾祖父は祖母の死を受け止められず、その場に泣き崩れ、「蛍子……蛍子……」と、何度も娘の名前を呼びながら遺体に縋り付いた。


「……お祖父ちゃんごめんね。最期に逢わせてあげれなくてごめんね」


 母は泣きながら曾祖父の背中を擦った。


 母と瑠美お姉ちゃんが祖母に死化粧しにげしょうを施し、まるで眠っているかのような祖母。枕経を終え、祖父が私達に話しかけた。


「音々さん、桃弥君、お世話になりました。2人のお陰で、最期まで蛍子の傍にいてやることが出来ました。本当にありがとうございました」


 祖父は泣き腫らした目で、私達に何度も頭を下げた。妻を亡くした無念さと悲しみから、膝の上で小刻みに手が震えている。


「蛍子の病気と原爆との因果関係はわかりません。じゃが、蛍子が白血病で亡くなったことは事実です。わしが蛍子の体調にもっと早く気付いていれば……蛍子は死なずにすんだかもしれん。蛍子の異変に気づいてやれんかったわしが、蛍子を死なせたんじゃ……。蛍子はわしを残して1人で逝ってしもうた……」


「紘一さん……。紘一さんのせいじゃないよ」


 家族の前では気丈に振る舞うものの、妻の死を受け入れることが出来ず私達の前で泣き崩れる祖父に、私も桃弥君もこれ以上掛ける言葉がなかった。


「音々さんも桃弥君も今夜はもう休んで下さい。蛍子はわしらで弔います」


「……はい」


 あの戦争が……

 あの原爆が……

 37年経った今も、人々を苦しめ命を奪ったのだろうか……。


 もしそうなら……あまりにも悲しすぎる。

 

 私達は焼香し手を合わせる。

 祖母の穏やかな死顔しにがおに、心より冥福を祈った。


 ――その時、室内の空気が大きく揺らいだ。激しい眩暈に襲われたように、天井がぐるぐると黒い渦を巻く。


 蝋燭の火が突然ピカーッと光った。眩い光が視界に飛び込む。


 ――次の瞬間、視界から全ての色が失われ、モノクロームの世界が広がった。


 恐怖から、隣に座っている桃弥君に視線を向けた。


「……もも」


 桃弥君も私と同じように異変を感じている。大きな手が咄嗟に私の手首を掴んだ。


 祖父の姿も、母や瑠美お姉ちゃんの姿も、蜃気楼のように空中に浮かんで見えた。


「桃弥君!?音々さん……!?」


 驚愕している祖父……。


 祖父の声が……鼓膜に届いたと同時に、全てのものが消え……、次の瞬間、視界が閉ざされた。



 ◇◇


 ー2016年5月27日ー


「もも、ねね、大丈夫か?しっかりせぇ」


 耳元で大きな声がした。

 ザワザワと子供の声もする。


 頬にヒンヤリとした感触がし、私は驚き瞼を開く。


「音々、気がついたんか。心配させよって。桃弥も、はよう目を覚まさんか」


 周囲を見渡すと、そこは公民館の剣道場だった。

 私達を揺り起こしたのは藤堂先生。心配そうに覗き込んでいるのは、四つ葉剣道クラブの子供達と当番の保護者。


「……えっ!?藤堂先生?私達はどうしてここに?今、何年ですか!?」


 藤堂先生は目をパチクリさせ、「よほど、打ち所が悪かったみたいじゃのう」と、豪快に笑った。

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