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祖父は私の言葉に頷く。震える手のひらの中には、沢山の拾円玉が握られていた。祖父は意を決したように野上の家に電話し、『赤ちゃんを連れてすぐに病院に来るように』と伝えた。
祖母は酸素マスクをしているものの、意識ははっきりしていて会話もでき危篤状態とは思えなかった。
病院に駆けつけた母は、気丈にも笑顔で祖母に語り掛けた。
「お母さん……大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
祖母は呼吸をすることも話すことも苦しいはずなのに、いつもと変わらない優しい眼差しを母に向けた。母は祖父に問い掛ける。
「お父さん、美紘姉ちゃんに電話した?」
「連絡したから、じきに来るだろう」
市外に住む美紘伯母ちゃんは、渋滞を免れたとしても車で1時間から1時間半は掛かる。
祖母の容態は刻一刻と死に向かっている。
どうか……
美紘伯母ちゃんが間に合いますように。
そう祈らずにはいられなかった。
――夕方6時、祖母の危篤を聞かされないまま赤ちゃんを連れて病室を訪れた美紘伯母ちゃんは、山口から訪れた祖父の兄弟がいることに戸惑っている。
「美紘姉ちゃん……」
「綾、お母さんは……?みんなどうしたん?」
母はもう瞳を潤ませている。
「まだ意識ははっきりしているから、お母さんに赤ちゃん見せてあげて……」
「……うん」
美紘伯母ちゃんは赤ちゃんを抱いたまま、病室に入る。ベッド脇の椅子に座り、危篤状態の祖母と対面した。
酸素マスクをしている祖母が、赤ちゃんに視線を向けた。弱々しい視線ではあるけれど、口元には笑みが浮かぶ。
「お母さん、赤ちゃん連れて来たよ」
「美紘……。よく来てくれたね……。可愛い赤ちゃんじゃね……」
「うん」
「抱いてやりたいけど……。今は抱けなくて……ごめんね……」
祖母は苦しそうにハァハァと呼吸をしながらも、それでも気丈に笑みを浮かべてる。痩せ細った指先で赤ちゃんの頬に優しく触れ、宝物を見つめるような眼差しで赤ちゃんを愛しそうに見つめた。
母と瑠美お姉ちゃんはその様子を正視出来ず、病室を飛び出し2人で泣いた。
私も……
最期まで気丈に振る舞う祖母の姿に、言葉を掛けることは出来なかった。
夜になり、祖母はずっと眠ったままだった。
容態に変化はなく、親戚や美紘伯母ちゃんは一旦帰宅する。私達は病室に留まり、祖母に寄り添った。
――時計の針が深夜零時を回る。
「血圧低下、血圧を上昇させる注射を打ちます」
心電図や血圧、心拍のモニターがアラームを鳴らす。看護師が祖母の細くなった腕に注射針を刺す。
午前零時20分、血圧上昇させるための注射を打った直後、祖母は大きく息を吸い込み心肺停止に陥る。
「先生……!」
医師の懸命な心臓マッサージにより、祖母の心臓は微かに波動を描いたが、午前零時35分、2度目の心肺停止により、祖母は眠るようにこの世を去った。
「お母さん……。お母さん……」
静かな病室に、母と瑠美お姉ちゃんの泣き叫ぶ声が響く。私も堪えきれず、声をあげて泣いた。
――守田蛍子、47歳。
入院から僅か2カ月足らずで、祖母はこの世を去った。命の灯火が燃え尽きるまで祖母は懸命に病気と闘い、最期はとても穏やかな顔をしていた。
お祖母ちゃん……
私のお祖母ちゃん……
短い間だったけど、お祖母ちゃんに逢えてよかった……。
お祖母ちゃんのことが、大好きだったよ。
お祖母ちゃん……
本当に……ありがとう……。
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