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 お世話になっているお婆ちゃんを困らせたくなくて、私はこくんと頷く。人に逢うことは怖い。でもそんな我が儘は言ってられない。


「この暑い時期に外での作業で悪いのう。明日富さんが迎えに来るけぇね」


「はい。わかりました。富さんにおともします」


 何かしていれば、無くした記憶も思い出せるかもしれない。不安ではあるけれど、ここで生きていくためには、ここのルールに従わなければ生きてはいけない。


 お婆ちゃんが作ってくれた麦と玄米の雑炊。2人で食事を済ませ、食器を洗い掃除や洗濯をする。


「音々ちゃん、今日はゆっくりするがええ。明日から勤労奉仕じゃけぇのう」


「はい」


 お婆ちゃんに自由な時間をもらい、自分の部屋に戻りバッグを開いた。携帯電話を取り出し無造作に触っていると、たくさんの写真が画面に映し出された。


「これは…だれ……?」


 原爆ドームの前で男子が2人並んで写っている……。1人は坊主頭で緊張した面持ち、1人はすまし顔。


 他にも沢山の写真があった。同じ制服を着た女子。私の友達なのかな。道場で剣道をしている男子。校庭でサッカーをしている男子。変顔をしていたり、拗ねていたり、意地悪な笑みを浮かべていたり、どれもこれも全部同じ男子の画像だ。


 その男子は原爆ドームの前で撮影した男子と、同一人物だった。


 懐かしい笑顔。

 なぜだろう……。彼の笑顔を見ていたら気持ちがほっこり和む。


 生意気で憎たらしい彼は……


 彼の名前は……。


 記憶の片隅に残る彼の残像。

 『ねね』彼の声が鼓膜に蘇る。


 突然、携帯電話の画面が真っ黒になった。


「えっ……」


 携帯電話の電源を押さえONにするものの、電源は二度と入ることはなかった。


 もう少しで彼らのことを思い出せたのに。


 彼らは誰だったのだろう……。


 原爆ドームや慰霊碑。

 平和記念公園。


 私……

 彼らとそこに行ったんだ。


 ザアーザアーと雨音が響く。

 窓硝子を打ち付ける雨を見つめながら、フラッシュバックのように彼らの顔が浮かんでは消えた。

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