桃弥side

37

 寮生との亀裂が生じた3人は、寮の中で孤立を強いられた。だが、紘一はこんなことでは諦めなかった。


「わしが国男を説得する。国男が考え直してくれたら、きっとみんなもわしらに協力してくれるはずじゃ」


 俺達は立ち止まることは出来ない。


 紘一が国男を長時間説得するものの、国男は首を縦に振らず、深夜、紘一は部屋に戻ってきた。


「出来る限りのことはした。残念じゃが、わしらだけでビラを配布しよう」


「みんなの協力が得られないなら、いっそのこと陸軍第五師団司令部や第二層軍司令部、各部隊駐屯地に配ったらどうかな。

ラジオ局で避難を呼びかけてもいい。そうすれば国を動かせるかも知れない。米軍も情報漏えいで原爆投下を諦めるかもしれないし」


 俺の案に、紘一も軍士も顔を見合わせた。


「桃弥君、わしらにそんな力はない。今は軍主導の時代なんじゃ。反戦運動や言論、集会も厳しく禁止されとる。わしらに自由な発言や行動する権利はないんじゃ。警察に捕まったら拷問や投獄もされる。じゃけぇみんなは協力を拒んだんじゃ」


「これは反戦運動なんかじゃない」


「それはわかっちょる。けど、軍はそう解釈してくれん。これを陸軍に読ませることで、広島市民の行動は規制され、さらに自由を奪われるかもしれん」


「僕もそう思う。タイムスリップなんて誰も信じてはくれん。桃弥君の気持ちはようわかるけど、1人でも多くの広島市民を助けるために駐屯地周辺は避けよう」


 紘一や時正の言い分に納得はいかなかったが、この時代で生きるすべは俺にはない。寮生の協力が得られない今、紘一や軍士の協力は不可欠だ。


「僕は中島本町や中島新町にビラを貼る。紘一は天神町と元柳町、軍士は木挽町、材木町。桃弥君はこの周辺にビラを貼ってくれ。中島地区は建物疎開でだいぶ間引いてあるはずじゃ。火災の被害は少ないかもしれん」


 原爆の破壊力は建物疎開では対応できない。巨大な爆風や熱線が一瞬にして建物も人間も破壊してしまう。


 もっとも危険な地区を3人が……?


「でも、それじゃ……」


「この時代の地図は、桃弥君より僕らの方がようわかっとる。どこに駐在所があるか、どこに駐屯地があるか、僕らの方が熟知しとるんじゃ。

 僕らは5日作業を休むことにした。桃弥君はこの町の駅や商店街、住宅地の塀にビラを貼ってくれ」


 段取りを牛耳る時正に、紘一と軍士が驚いている。


「おとなしい時正の言葉とは思えんのう。時正、わしら明日作業を休むんか?」


「僕は生まれ変わったんじゃ。未来の日本を見て生まれ変わったんじゃ。戦争はじきに終わる。これ以上、日本人を戦死させたらいけん。僕は1人でも多くの人を助けたいんじゃ。そのためにも明日は作業を休む。紘一も軍士も協力してくれ」


 時正の頼もしい発言に紘一も軍士も深く頷き、俺達はガッチリと手を取り合った。

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