音々side

21

「行き倒れかいね?婆ちゃん、この辺で見掛けん子じゃねぇ」


「富ちゃん、見てみんさい。綺麗なべべ着とるがね。このご時世に、こがあなべべが着られるなんてお偉いさんの娘かもしれんねぇ」


「そうじゃね。婆ちゃん、田舎から芋をもろうたけぇふかし芋にしたんよ。煮干しも仰山もろうたけぇこのお嬢さんに食べさせてあげんさい。うちもまた様子を見にくるけぇね」


「富ちゃんいつもありがとうね」


 耳元で優しい声がし、重い瞼を開ける。

ぼんやり目に映ったのは、小柄で白髪頭のお婆さんだった。


「お嬢さん、気いついたん?怪我はしとらんけぇ安心しんさい」


「……あの。私は」


「お嬢さんは家の庭で倒れとったんじゃ。腹空いとらんね?お隣からふかし芋をもろうたけぇ、ちょっとまっとりんさい」


 周辺を見渡すと、私は擦り切れた畳の上に敷かれた布団に寝かされていた。お婆さんちの台所は土間になっていて、母方の祖父の旧家にどことなく雰囲気が似ている。


「お婆さん、ありがとうございます」


 暫くしてお婆さんは蒸したてのお芋を新聞紙で包み、私に渡してくれた。


「遠慮のう食べんさい。熱いけぇ気い付けて」


「はい。いただきます」


 お腹が空いていた私はアツアツのふかし芋にかぶりつく。お婆さんはそんな私を、目を細めてにこやかな笑顔で見つめていた。


「お嬢さんは綺麗なべべを着てなさる。この辺じゃ見掛けん顔じゃねぇ。どこから来なさった?まだ名前を聞いとらんかったねぇ」


「名前……?私の名前は……」


 自分のことを思い出そうとすると、頭が脈を打つみたいにガンガンと激しく痛んだ。


「自分の名前が思い出せんの?こりゃあえらいこっちゃ。駐在さんに知らせんといけんが」


「お婆さん待って……下さい」


 記憶が欠落しているのに、駐在と聞いて警察に通報されては困ると咄嗟に思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る