異世界召喚闘争記~俺とビキニと七つの剣王~

@yursi

序節 異世界召喚はビキニと共に(前編)

桜舞い散る日曜日。日差しも暖かく小鳥の囀ずりに導かれて外へ出ると少し湿ったそよ風が花の香りを運んでくる。

商業ビルの立ち並ぶ町並みも、脇道それて出てみれば。色とりどりの花々が咲き乱れる公園で無邪気に遊ぶ子供の姿に頬が緩むのを押さえきれない。

大地芽吹く希望の花開く季節。


ここは暗黒魔界都市『盾浜』。


血と餓えと欲望に支配された楽園。第二次大戦後、血の滲む努力のはてに手にいれた平和を全て捨て去った町。日本国内にありながら、日本の法が適用されない唯一の土地。


「うおぉ……今日からついに高校生活か。緊張するな」

桜並木を横目に少年口から漏れるため息。新生活への期待と不安に胸がはち切れそうになる。

(天気は良好、こんなに麗らかな日だ。なんか黒髪ロングで少し天然の入ったかわゆい女の子と出会いとかあるかもだな)

具体的には鞄の中に常備しているラノベのヒロインみたいな。


「ふ~わじま君」

俺を呼ぶ声。新学期早々にして、イベントは始まった。

「ここであったが百年目ぇ! 今日こそてめえの息の根止めたラァァァァァァア!」

主に血なまぐさい方の。


「いや、本当やめてくれよたこすけ。今のこのご時世に金属バットにムサイ学ラン、がっちがちのリーゼントで絡んでこないでくれよ。貴重な青春の一ページをこんな前時代的なのりで潰したくねーんだよ俺は」

春は花やかな青春ではなく泥臭い濁った青春を運んできたようだ。

この町に生まれ育てばこんな諍い日常生活の一幕だが、いかんせん多感を極める高校生だ。

もっと絢爛華麗なキャッキャウフフを求めているのだ。

「あ~ん?知ったことかよ。この『撲殺王』瓦礫原様に傷つけた罪を!今こそ!償えや!」

「ほんと人のはなし聞かないなここの不良は!」

悲痛な叫びもむなしく、言い終わると同時に金属バットが頭上より降ってきた。



「ぐう……覚えとけ……よ……うっ」

捨てぜりふと共に崩れ落ちるリーゼント。金属バットは道路向かいのビルの四階にささったままである。

「ほんといい加減にしてくれ!痛いし疲れるから!そういうノリは俺はもう卒業したの!」

息も絶え絶えに叫ぶ。所々土汚れがおろしたての学ランに彩りを点けている。

「平穏な学園生活、かわいいツンデレ同級生、やれやれしながら一緒に行う謎部活動、そういうのが欲しいの!俺は!」

「…………」

しかし返答はない。意識を刈り取られたようだ。

「はぁ……なんでこの町はこんな物騒な連中ばっかなんだよ。確かに俺も少し前までは荒れてたさ」

そう、それこそ手がつけられないくらいに暴れまわってた時代があった。理由があったというわけではない。幼い頃から喧嘩が日常にあったから。

しかし今の俺は生まれ変わったのだ。あやめちゃん(バッグ内のラノベのヒロイン)に出会い、俺は真っ当な人間になることを目指せるようになったのだ。

回想に耽りながらも通学路に復帰する。盾浜における普段の光景である。

明日発売の新刊に思いを馳せる少年は通学の中、横目にまたしても不易なイベントを発見してしまった。


「ねーちゃん見ねー顔だなぁちょいと茶ぁでもしばかねぇかぁ?」

五六人で女性を囲っているのが見えた。これも盾浜の日常の一幕にすぎない。

「…………」

こんなところでからまれているということは、安全区住まいのお嬢様か外様の観光だろう。

自業自得。わざわざ助けるほど俺は正義漢じゃない。なのでさっさと学校へ行ってしまうか。

そう思い、興味のなくなったように視線を前にずらしたその時だった。


囲いの合間から見えた姿に、初めてその目を疑った。


「ほう、俗とはどこの世界でも群れたがるものなのだな。弱者をいたぶることでしかその惨めな自尊心を慰めることができないのか?」

尊大な言葉が辺りに響く。声に迷いはなく、強い意思のこもった張りのあるその声……

その透き通るように澄んだ声色はまだ幼く、その見た目と相まって余計に若く写ってしまう。

「おいおいおい。姫騎士コスの中坊とかマジかよ!?今日は年に二回のお祭りの日でもねーぞ?」

白くたなびくスカートは膝丈で、そこに赤地のラインと金の装飾。全身は身体のラインを強調するような白銀のメイルが最低限度の面積で包んでいる。

俗に言うファンタジー世界に出てくるような、あらゆる実用性を度外視したユニフォームである。

「やべぇ、夢にまで見たリアル姫騎士美少女コス……実際見てみるとめっちゃイテェな」

夏冬の祭典でもなくイベントが開催されてるでもなく日常にふと現れられるとここまで浮き立つものなのかと戦慄する。かわいさ云々よりも関わりたくないという思いの方が前に出てくるのだから。

「いや心外だなぁ、見ない顔だからここらの作法を教えてやろうとしただけだぜ?」

「ま、お礼は体で払ってもらうけどなぁ!ギャハハハハ!

「…………」

実に清々しいまでにステレオタイプな小悪党だ。さっきの瓦礫原といい、春は不良デビュー者おおいようだ。

少女は何も喋らずにいる。その姿から立ち居振る舞い、その身に纏う空気からずれていた。

『この街の人間と』ではなく『この世界の人間と』決定的にずれていたのである。

それに気づいた瞬間である。


「よかろう。ならばそちらの礼儀に乗っ取り、体で払わせていただくとす……」

「てめーら何してんだごらぁ!」

少女の言葉は半ばで止まった。腰に携えた細剣に手をかけた瞬間に。

「なんだぁてめぇ、このご時世に正義の味方ごっこかぁ?」

「こっちの台詞じゃボケナス!どこの世紀末だよてめーら!少女拉致監禁とか夕刊の見出しでも狙ってんのかよ!?」

相手連中と啖呵を切りながらも少女を背中に隠すように動く少年。

未だ呆気に取られ状況を飲み込めないでいる少女が何か言おうとする。

しかし後ろ手にダメだとジェスチャー。理解してくれてることを切に願う。

「あ~も~めんどくせぇ!てめえら死にたい奴からかかってこいやぁ!」

「上等じゃごらぁ!ちょっと裏来いやぁ!」

そういうとうじゃうじゃと路地裏へと消えていく一団。その全てが移動するのを確認したところで。

「ほら、今のうちだ嬢ちゃん、こっちきな!」

「な、何をす……!?」

困惑する少女の手を握って走る。幸いにもここは盾浜、暴力と知能が反比例する街。奴等はあと二三分は律儀に待ってくれていることであろう。


(さてと、危ないとこだったぜ……)

手をとり走る最中のこと。

先の少女の目、完全に人を殺す覚悟の目であった。格好もコスプレに見えるが材質は完全に金属。作りもしっかりしており、下げる細剣も重みからして張りぼてではない。

(平和ボケした外様の人間かと思ったが、なんだこいつは……)

「おい貴様、その手をはなせ!」

と、一通り奴等を巻き、ひとけの少ないオフィスビルの裏道についた辺りで少女が手を振りほどいた。もう状況の整理はついてるようだ。

「おっとわりぃな嬢ちゃん。だがさっきのはあんまり誉められねーぞ?」

「その事については謝罪しよう。無為な諍いで治安を荒げてしまった、すまない」

「いや、それはいいんだけどよ。そうじゃねーだろ?」

話ながらも少年はふと思った。

「あんたが誰かなんて知らねーし、知りたいとも思わねーけどよ。ガキが何しにこんな底辺の街へ来てんだ?」

こういったゴタゴタが嫌いで、高校に上がったら平穏無事に過ごそうと思っていたにも関わらず、なぜここで『踏み込んで』しまったのだろうか?

「んなマジな殺気だしてっと、ここの人間なら容赦なく殺しにかかるぞ?」

そうだ、この少女は何も偽りがなかったからだ。

「ご指摘痛み入る。どうもこちらの世界の矜持と言うものが把握つかなんでな。こちらの作法で接してしまう」


そう。その格好も然るべき環境のもとで仕立てたもので、その思考も常識も価値観に至るまでもがあるべき環境で培ってきたものなのだ。

で、あればそうこれは……


「自己紹介が遅れたな」

少女は私は名乗る。

「私はビキニ。ビキニ・ザルツバーク・ローゼスペイン。こことは異なる理の世界から故あってやって来た者だ」


俺が夢にまで見た、ラノベ作品の展開だからだ!


序節 異世界召喚はビキニと共に(中編)

瘴気に満ちた盾浜で、少年は大きな運命の歯車が回る音を聞いた。

胸が高鳴るのがわかる。自分が夢見ることしかできなかった舞台に足を踏み入れる瞬間。様々な思いが頭のなかを激しくかき回していく…………と思っていた。


「このような荒んだ街にも良心を持つものがいて助かったよ」

そういうビキニの手には細剣が握られていた。そう、彼女は最初から殺意を一時も押さえてなどいなかったのだ。

「助けてやった相手に剣を向けるのが嬢ちゃんの矜持ってやつなのか?」

「助ける?あやつらを、だろ?」

空気が凍る。徐々に形を帯びていく殺気は霧のように、路地内をくまなく埋めていく。

「はぁ。なんでそんなに殺気立ってるんだよ?」

「諸事情があってな、私はこの世界で人を探しているのだ」

「人?」

「ああ、そうだ。至極単純な人探しだ」

「まて、せっかくめんこい服きてんだからよ、そう殺伐とした空気やめろよ!俺はほら、こんなに戦う意思なくしてンだから!話し合いをしようよだぜ!」

「ここはこの世界でも類いまれなる戦場都市と聞く」

「あああ!もう聞くきすらねーってかよ!」

はかない希望とともにラノベのようなゆるふわ展開は瓦解した。

「探してる人間とは誰でもない……」


「世界最強の人間だ!」


それが合図となった。

建を正面に構えると、周囲に漂う空気が炸裂する錯覚を覚える。

そう、それはまるでファンタジー特有の概念『魔力』の奔流。

見えざる力が少女を中心に溢れ帰る。

「一応聞くが、それがなんで俺への殺意に変換されるわけなん?」

そう語りかける少年の体は臨戦態勢に整えられる。もはや話す意味などないとわかっていても、彼はなお語ることを止めない。

「俺どう見たって世界最強の人間ちゃいますけど!?」

「茶番はよせ。私が気づかぬとでも思うたか?」

 少女も応じる。まるで前口上を唱うがごとく。

「なんとも奇怪なことだ。手を握り走るだけで剣を抜くことがかなわなんだ。貴様、私の体勢をうまく操作していたな?」

「ハハハ、ナンノコトダロウナ?」

 盾浜の人間は嘘が下手だった。

「そして相手を巻くだけで、こんな『人気のない』細路に来る必要があるか?」

「いや、この街は人いる場所即ち戦場だからな。ひとまず落ち着けるスペースに案内するのが紳士のたしなみであって決して変な気があったとかじゃないぞ?」

「ふ、こんなちんちくりんにはもったいない言葉だな。痛み入る」

「いやごめん、お前何歳だよ!?」

 今の年期の入った返しは流石に冷や汗でるってもんだ。


 だが、問答もこれで終わった。

「殺す気ではある。だが願わくば許してほしい。貴様には全身全霊で手合わせ願うのが、私にできる唯一の敬意なのだ」

 たなびく銀髪は肩口で踊る。まるで美術品を想起させる整った容姿に似つかわしくない殺気も、不純な想いの入る余地の無い精錬された強さを持つ。

「……わかったよ。だがさっきも言ったが、俺はこの街で最強なんてもんじゃないぞ?」

「わかっている。だが、その人間性は本物だ。是非貴様が欲しい!」

(ようは腕試しか……)

 正直8割くらい雰囲気で会話返してたから、やっと目的が理解できた。


『異世界に連れていくために強い人間を探してる』

 これでほぼ間違いないな。なぜかまではわならないが、少女は強い人間を求めてこの街へやって来た。

 こんな血生臭い展開は正直ごめんだが、彼女も生半可な覚悟ではないことはわかる。ならば、やることはひとつだけだ。

「はぁ……気乗りしないが、こっちも下手な容赦はしないぞ?」

 半歩下がり拳を突き出し構える。彼我の差は約7メートル。剣の射程を考えても少し間が空いている。相手が武器持ちであっても怯みはしない。この街では刃物も飛道具も珍しくないからだ。

 しかし、やはり彼はどこか油断をしていたのであろう。彼女は……かの少女は、異世界からきたのだ。


『湖畔の聖霊アクエラ・エリスよ、我が剣に静寂と静謐、水面の揺蕩う光鱗の加護を』


 溢れた魔力は剣に収束する。胸前に持ち、刃を天に掲げ少女は祈りの言葉を紡ぐ。

 瞬間、少女の周囲の空間が歪む。少女の姿が多重にぶれて映る。

「っ、魔法……!?」

 彼女に起こる異常を感知した瞬間である。


 スパッ……


 重心を移動させる素振りを見るより先に彼女の剣が少年を袈裟がたに切り裂いていた。

「……っっっ!!!」

「なっ!?」

 その一瞬が過ぎた瞬間、二人は同時に驚愕しを覚えた。

(ぐっ、なんだよ今の動きは!?初速から最高速度で移動してきやがった!)

 少年は冷や汗が頬を伝うのを感じた。たなびく学ランをきれいに両断し、胸の薄皮が切られていた。ギリギリで避けられたと思っていたにも関わらずだ。

 彼女が動いたと思った瞬間、そのときには既に数メートルを駆けていた。それも自身の残像を数秒残しながらである。

 まるでコマ送りの映像を見るかのように進み、重力を無視し、空気抵抗すら度外視した速度の動きに対応が追い付かなかった。


(所見であるにも関わらず私の『水晶石の霊剣』をかわしただと!?)

 異世界で魔力供給がままならないことを差し引いても完璧に決まっていた初撃決殺の一撃を避けたことに一瞬の逡巡が生まれた。

「くっ!」

 即時相手の射程外まで滑るように離脱する。まるで氷上を滑るように、相手の意識外へと移動する動きは少年の予測を的確にはずしていく。

 常識では考えられない移動方向へと瞬時に動く様は蝿や蜻蛉の動きを彷彿とさせる。

 剣を構え直したビキニは苦い顔を隠せずにいた。

(私の初撃をここまで無傷で躱した者は今までで三人……その内加護や魔術を用いなかったものは一人もいない)

 緊張が走る。今までに体験したことのない異質な悪寒に身震いがした。

(この街の人間とはこんな芸当が揚々とできる者がざらにいるのか……?)

 いや、彼は例外だろう。結論は早くについた。


 少年の纏う空気が変化したからだ。


 先程までとは違う。エリスの加護とは別の、凍りつくような緊張が辺りに一瞬で立ち込める。


「……忠告しておく。俺に『二度目』は通用しねえ」

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