肉屋の少年

@popui005

第1話 

 歩けなくなって丸2日が経った。雨季の影響で空は雲に覆われ、月光も星の光も地上には届かない。辺りはしんと静まり、俺だけが存在する世界に代わってしまった。とは言っても、すぐ目の前に広がる森には怖い生き物がウジャウジャいる。なぜかこちらの砂漠地帯には入ろうとせず、森との境界ギリギリのところで俺を睨みつけている。一匹の口元には俺の破けた革ジャンの切れ端、もう一匹の歯の隙間には俺の足の肉が引っかかっている。そう、あのデカイ2匹だ。あの化け物共に襲われ、命からがら逃げだせたものの、最後に負わされた傷から毒が回り、一歩も動くことができない。先ほど飲んだ水が最後の一滴だった。

 さて、そろそろ限界が近づいている。毒で死ぬか、化け物に食われて死ぬか。まさかこのような選択をしなければならなくなるとは考えもしなかった。まぁ、人なんてやつは、先が見えてる風なことを宣ってみせるが、実際に予想通りに動けているやつなんか一人としていねぇ。短い人生だったが、それだけは学んだ。村で一番ブサイクでいつも虐められていたササキは街一番の美人と言われた社長令嬢と結婚したし、ササキをいじめていた奴らはササキの下で扱き使われ、日々命を危険にさらさなければ金が手に入らないような仕事をさせられている。俺はというと、そのいじめてた奴らと大して変わらない仕事をしている。違うのは雇い主が俺自身であることくらいだが、その違いが一番デカイってことはこの時代に生きているなら分かるだろう?そうだ、俺には能力があるんだよ、能無しどもと比べるんじゃねぇ。しかし、死にかけていることは事実だ。いや、実際は死んだも同然。王手。チェックメイト。詰んでるよ、どう見ても。盤面ひっくり返すくらいの一手なんぞ持ち合わせちゃいねぇ。いっそ華々しく、あの2匹のうち、1匹をお供に地獄に落ちてやろう。どっちだ?どっちにする?足を食ったアイツか?あいつのせいで生きるの諦めたようなもんだしな。いや、でもそれを言ったら革ジャンごと引き裂いて俺の腹に毒牙を突き立てたアイツだろ。毒さえ回らなけりゃ砂の上を手で這ってだって街を目指したさ。よし、あの野郎が俺のお供だ。一緒に底まで落ちようぜ。そして地獄の窯ん中に鬼の代わりに俺がお前を落として、煮て食ってやるよ。毒?なに、もう死んでんだ。腹が痛くなったって構わねぇよ。

 岩に腰かけたまま、スズキは腰にぶら下げていた銃を手に取る。ライフルがあれば、境界で立ち止まっている大きな的など楽に撃ち抜けるのだが、あいにく二日前に壊されてしまった。手にしたのはサイドアームの44マグナム。標的まで20メートルはあろうか、当たるかは微妙な線だ。距離の問題もあるが、化け物も銃の殺気に気づいて避けないとも限らない。毒で麻痺した腕でどうにか化け物に狙いをつける。人差し指に力を込め、撃鉄が薬莢を叩く。

 瞬間、化け物共が境界を越えてきた!弾丸は数コンマ前に化け物がいた空間に突き刺さるが、物体にぶつかることなく彼方に消える。次弾を撃とうと再び指に力を込めるが間に合わない、化け物の牙の方が速い。なぜ、このタイミングで境界を越えてきた?そんなことは簡単なこと。後ろにもっと怖いやつが来たのだろう。化け物共はその天敵に食われるくらいならと崖を飛び降りる覚悟で飛び出したのだ。

 くそ!貴重な弾が!あいつら2日間ずっと動かなかったくせに、急に動きやがって!しかもこっちに飛んできやがった!くそが!くそが!

 慌てても、もう遅い。四肢を引き裂かれ、はらわたを舌で弄ばれるのもほんの数秒後。祈る時間もない、神の助けなど届かない。あるのは、無尽蔵に湧き溢れる怒りのみ。スズキは諦めてはいなかった。その怒りをエネルギーに変え、調理用のナイフをしっかりと両手で握る。迫る牙と、その奥の常闇。牙とナイフが触れ合う刹那…!

 「ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」

 森の方から聞こえた轟音に化け物共とスズキは視線を向けた。境界に根を這っていた樹々が一文字に綺麗に断ち切られ、様々な方向へ倒れていく。さっきの轟音はまさに樹々の一本が地面に落ちた音だ。まだまだ鳴り止まない。十数本の倒れ行く樹々の先に影が見えた。スズキの足を食った方の化け物はすぐさま翻り、威嚇を始める。どうやら境界から出てきたのはその影から距離を取るためだったらしい。

 ようやく倒れきった樹々の山の上に現れた影。日の光を浴びて晒したその姿は……、子供?

 「おお!おった、おった!ガマラと、バミラじゃ!」

木の山のてっぺんではしゃぎ立てるその子供は、手に自分の背丈の三倍はあろうかという大きなナタを持っていた。

 「お?なんじゃ、おぬし。足をもがれておるのか。待ってろよー。いま手当てしてやるかんのー!」

 なんだか訳分からんガキが、俺を助ける、とほざいてやがる。今まで自分の力しか

信用してこなかったんだ。生き死にだって自分で決める。俺は死ぬと決めたんだ。誰にも覆させねぇ。ただ、土産だけはもらっていく。バミラとか言ったか?その首は俺のもんだ!

 子供を警戒し、スズキに背を向けていた一匹にまさに死力を尽くして飛び乗る。首にしっかりと組み付き、手に巻き付けておいたナイフを何度も何度も体躯に突き刺す。振り払おうと必死にもがくバミラは、砂の上を走り、飛び跳ね、転がりまわる。隙だらけのスズキに牙を剥いたガマラの前に、子供が飛び出す。

 「おおう!男の戦じゃ!邪魔はさせんぞぅ!このギンタロウがお前の相手じゃあ!こっちだけ見とれ、馬鹿たれが!」

 ギンタロウのナタは大きいが、ガマラはさらに2倍はある。常識では、とても力で勝てる相手ではない、そう思うはず。だが、ギンタロウはナタをブンブン振り回し、相手の隙を突くようなことは一切しない。ケラケラ笑いながらただ振り回している、それだけだ。しかし、ガマラは一歩も近づくことができない。どう近づいても自らが切断されるイメージしか浮かばない。この小さい生き物からにおい立つ圧倒的な力の差に困惑し、後退りながら距離を空ける。

 スズキの振り下ろすナイフは幾度となくバミラの肉体に突き刺さるが、全く弱る気配はなく、徐々にスズキの体力が擦り減っていく。振り落とされる前にと、スズキはナイフの位置をずらす。バミラの眼にナイフが深く入っていく。瞬間、バミラの喉奥から爆音が響く。スズキは化け物の太い首元にしがみ付いていたため、耳を塞ぐことが出来ず、次には鼓膜が破れ、耳鳴りを起こした。

 いい加減に死ねよ、くそったれ…!どんだけ刺せば倒れるんだ、こいつは!

 「バミラは不死身じゃ。心臓を抜き取る以外は倒せんぞ。」

 ギンタロウはガマラから目を離さずに、スズキの焦りを感じ取った。しかし、放たれた助言はスズキには届かない。刺し続けていた腕にも限界が近づき、ついに刺したナイフを皮膚から抜くことが出来なくなり、そのまま首元からも腕がするりと解けてしまう。

 バミラから振り落とされ地面に叩きつけられたスズキは、その衝撃から呼吸すらままならない。異物が落ちたことに気づいたバミラは翻り、まるで水面に飛び込むように、ひとっ跳びに爪をスズキに突き立てる。

 あぁ、助かったぜ。そのまま走ってこられたらアウトだったな。空中なら避けられないだろ。

 腰に下げたホルスターに指をかけ、銃を収めたまま引き金を引いた。

 ズドン!ズドン!ズドン!ズドン!

 バミラは宙にいる間に4発の弾丸をその身に受けた。その弾丸は関節を砕き、バミラはバランスを崩したまま一回転し、スズキを飛び越え、受け身をとれないまま岩に激突した。

 「すっげえぇ!」

 ガマラの背まで突き抜けたナタを引き抜きながら、返り血を真正面から受けた恰好のギンタロウはスズキの妙技に目を輝かした。銃は危ないからと、狩猟道具には刃物しか持たされたことのないギンタロウは、密かに銃に憧れを持っていた。隠れて豆鉄砲のような護身用の銃を持ち出し、木になっているリンゴ撃ったことがあるがかすりもしなかった。それが、あんなに大きく重そうな銃で簡単に急所を撃ち抜いた。しかも、今にも死にそうな身体でやってのけたのだから、なおさらだ。

 「おぬしやるのぉ!わしにも銃の使い方教えてくれんか?なぁ、なぁ!」

 駆け寄ってきたギンタロウは瀕死のスズキをゆすりながらお願いする。キラキラとしたギンタロウの瞳とは逆に、スズキはゆすられるたびに潰された内臓から血が流れ、眼から光が失われていく。

 「おお!すまん!まずはこれじゃの。親父には怒られるが、仕方ないのぅ。先に見つけたのはおぬしじゃからの」

 ギンタロウは関節を砕かれ、岩の横で足をジタバタさせているバミラのもとへ行き、その不死身獣の胸にナタを突き刺す。ギンタロウの手つきは勢いとは裏腹に繊細に獣を捌いていく。あっという間に不死身の源であった心臓を抜き取ると、バミラが乾いた悲鳴とともに身体の肉という肉を崩していった。骨だけになった獣を残してギンタロウは再びスズキの元に戻る。

 「よし、食え」

 なんじゃこりゃ。あの獣の心臓か?いま捌いて持ってきたのか?血が滴ってるじゃねぇか。しかも、まだドクドク脈打ってるし。嘘、毛生えてない?なんだ、これを食えってか?え、生?無理無理。俺、グロ系のものダメなんだって。こんな仕事してるから食事に困ることがあると、そのへんの生き物を食わにゃならんときもあるが、火だけは絶対通すんだ。それだけは譲れなグモモモモおおおおおお!

 ギンタロウが心臓をスズキの口に押し込む。

 絶対入らない!せめて切って!一口サイズに!お願い!

 眼で訴えるが光を失った眼だ。キラキラさせたギンタロウの瞳にはその懇願は届かないようだ。

 心臓が口腔内から喉に差し掛かり、ギンタロウの手首が口に入ってきたところで、

スズキは気を失った。。。

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