第2話

クリスマスイブの夕方、美咲は見晴らし公園で健一の来るのをベンチに座り待つことにした。

その時である、後ろから声がした。

美咲は「あっ」と言いながら振り向いた。

そこには、犬を連れた青年がいた。

青年は「今晩は、驚かせてしまったかな。犬の散歩なんですよ」と言って、犬を抱え上げた。

美咲は「そうでしたか。ワンちゃんかわいいですね。」そう答えた。

美咲は、健一君が来たのではと思っていたが、実際は違っていた。


その後約束の時間が来ても、健一君の姿は見晴らし公園にはなかった。

美咲は一時間待った。それでも健一君の姿は無かった。美咲にはもう分かっていたのである。健一君が来ない事くらい。

でも、美咲はあと一時間だけ待ってみようと思った。なぜなら、人生最初で最後の大博打なのだから、なかなかあきらめが付かなかったのだ。

二時間待っても美咲の前には健一君の姿はなかった。

とうとう、美咲はあきらめて帰ることにした。皮肉な事に、見晴らし公園から見る夜景はとても奇麗だった。

ほんとうなら、健一君とこの夜景を見る予定だったのにと美咲は思い、涙が頬を伝い

冷たい地面へと落ち、大地に浸透していった。

美咲は涙が止まらなかった。

「しょうがないか、塚田美咲、32歳失恋しましたぁ~」美咲は泣きながら大きな声で美しい夜景に向かって叫んだ。そして公園を後にした。

せっかく20年前の自分がセッティングしてくれたのに、残念だがこればかりは相手があっての問題で、物を購入するようにはいかなのだ。


帰り道、美咲はある歌を口ずさんでいた。


恋は不思議ね 消えたはずの

灰の中から  なぜに燃える

ときめく心  せつない夢

別れを告げた ふたりなのに


恋なんて   むなしいものね

恋なんて   なんになるの


口ずさんでいる、美咲の頬をいくつもの涙が流れ落ちていく。

そう、美咲の中では今まで20年間健一君への恋はくすぶり続けていたのだった。

決して消えてはいなかったのだ。

その灰の中から燃え上がらせたのが、20年前の自分だったのだ。

美咲は、最初で最後の大博打に負けてしまったのだった。胸に大きな風穴が開いた。


ような虚しさがこみ上げて来て、自分が自分ではないような感じがしている。


その晩、涙は止まらなかった。

寝ることもできなかった。


夜の11時ころだったろうか、学生時代の親友の安藤麻衣からメールが来た。


美咲、元気にしてる?

私、美咲に相談したいことがあるんだ。

今度の日曜日に、卒業した小学校で会えないかなぁ。

お願い、相談に乗って!


美咲はこのメールを読んだ時、「私は元気じゃないし、相談なんか乗れるはずないでしょ」とひとりごとを言いながら、返事では


いいよ、何時に行けばいい?

とメールをしていた。

こんな悲しい夜に、親友からのメール。

少し、心が落ち着く自分に気が付いた。


その晩はとうとう眠ることができなかった。翌日会社は、体調不良と言うことで休暇をもらった。

何もやる気がおこらないのである。

食事ものどを通らない。

美咲は重傷だった。



親友、安藤麻衣と会う約束の日曜日がやってきた。

美咲は、見晴らし公園での後、一度も会社に出社していなのである。

会社はすでに、冬休みに入ってしまっている。

今日は12月29日だ。

美咲は待ち合わせの小学校に行った。

麻衣はなかなかやってこなかった。

「おそいなぁ」美咲はひとりごとを言った。

美咲には、この小学校がとても懐かしい。

20年前の校舎が未だに健在している。

グランドや鉄棒、6年間の思い出が美咲の心の中によみがえる。

そんなことを考えていたら、涙が止まらなくなってしまった。

頬を伝う涙をぬぐうこともしないで、ただ思い出に浸っていた。

そこに「美咲!」と言う言葉が後ろから聞こえた。

美咲は「あっ!」と心の中で叫んでから、後ろを振り返った。

「美咲!」また美咲を呼んでいる声がした。

100メートルくらい先からひとりの男性が走ってきた。

美咲はもしかして健一君?そう思った。

男性はすぐ近くまで来て、止まった。

「美咲、見晴らし公園に行けなくてごめんな。どうしても仕事で行くことが出来なかったんだ」


美咲は泣きながら、ただただ首を横に振るだけであった。驚きでそれしかできなかったのである。

その美咲を見て健一は「麻衣に頼んで、美咲に来てもらったんだ。だから麻衣は今日来ない。僕は美咲の事が好きだった。学校を卒業してからは、忘れるだろう思っていたんだけど、美咲より素敵な女性は20年間出会えなかった。美咲からの手紙を読んで僕は美咲のことを今でも好きだということを自分で再確認した。出来たらお付き合いしてほしい」

それを聞いていた美咲は涙がとまらなくなり、彼の胸に顔をうずめ泣きじゃくった。

健一は美咲の体を抱きしめ、いつまでも、いつまでも二人はそのまま抱きしめ合った。

美咲は幸せだった。


健一は、美咲からの手紙を読んだ時、もしかしたら美咲は結婚しているかもしれないと思った。見晴らし公園には仕事で行けないので、親友の麻衣に頼んで、美咲が当日見晴らし公園に来ているのか見て来てほしいとお願いをした。

麻衣は快く引き受けてくれた。

でも麻衣が見に行ったのでは、ばれてしまうと言うことで、麻衣の彼氏に見に行ってもらったのであった。犬の散歩の彼がそうである。

健一は、まだ美咲は自分のことを待っていてくれていることを知り、麻衣から誘いのメールをしてもらったのだった。



12月31日、美咲と健一は高幡不動尊にいた。

ふたりは、お賽銭を入れ、同時に手を合わせた。

しばらくして、美咲が「今何を願ったの?」と健一に聞く。

健一は「美咲と同じことさ」と返す。

お互いに頬笑み合い、手をつないで五重の塔の地下に入っていった。


美咲は、人生最大の賭けに勝ったのであった。

美咲は一時苦しみ悩み、もう終わりかと思っていたが、人生何があるか分からない。

最初は20年前の自分に腹が立ったが、今では感謝をしている。


健一は20年たっても変わらない素晴らしい男性だった。       おわり





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20年目の奇跡 @yamabiko458

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