第12話  もう二度とやりたくない


「これは魔装銃」


 右手に持った銃器をもう片方の手で指さして、ウーナは言った。

 魔装銃、という単語は僕も聞いたことがない。本にも記されていない武器ということなのだろうか。


「私は、魔法が使えない。でも、どうしても魔法が使いたかった」


 ウーナは、淡々と、思い返すように言葉を続けた。


「私のいた村の一族は魔力適性の高い人が多いって話はした。そして、私の父親は腕利きの“銃技師”だった」


 銃技師というのは、銃を製作したり、整備したりすることで生計を立てている技術者のことだ。数十年前まで、銃は一般にはあまり普及しておらず、国同士の戦争などで用いられることがあった程度のものだった。しかし近年、冒険者の間で爆発的に需要が増え、生産量も、使用量もグンと増えたという。銃は特に、男性に比べて身体を頑丈に鍛えづらい女性冒険者に人気がある武器だ。


「私の母親も、呪印のせいで魔法が使えない。でも、母親は冒険者だった。彼女が安全に冒険するために、父親が村の魔術師と協力して作ったのが、この銃。母親が冒険者を引退したときに、私が譲り受けた」


 ウーナはそこまで言ってから、もう一度ローブの中に左手を突っ込み、中から小さな筒状の物体を取り出した。


「これが、銃弾」

「え、それがか?」

「そう」


 ウーナの掌の上にのっている物体を見て、自然と眉が寄ってしまう。どう見ても、それは銃弾には見えなかった。銃弾というよりは、小瓶のように見える。中には緑色の“オーラ”のようなものが漂っていて、揺らぎながらその明度や彩度を変化させている。


「魔術の律動を閉じ込めた筒を銃で射出する。弾は使い切りだから、同じ魔力を閉じ込めた弾を何個も持ち歩く」


 聞けば聞くほど、とてつもない技術だ。

 一般的に言う“魔術”というのは基本的に、大気中に含まれる魔力の素である“魔素”を魔法に変換してやることで行使するものだ。魔素だけを小瓶に閉じ込めるというなら、まだ理解できないでもないが、“魔術”という形に変質した魔力を小さな弾の中に閉じ込めるというのは、その仕組みを想像することすら僕にはできない。


「そして、今回使うのはこの弾丸」


 ウーナが取り出したのは、紫色の魔力が中でほとばしる弾丸だった。


「これは重力を操る魔力の込められた弾丸。この弾に当たったものは、少しの間重力の干渉を一切受けなくなる。つまり、簡単に言えば、宙に浮く」

「おお、なるほど」


 目を点にして黙っていたラッセルがようやく口を開いた。自分にも分かりそうな話になったので思わず声が出た、という様子だった。

 なるほど、重力を操る弾丸か。そこまで説明されれば、この後することは明確だった。


「つまり、先にウーナが下まで降りて、僕が上から飛び降りてくるところにその弾丸を撃って、着地直前にフワッと浮かせてくれるってことだよな」

「そういうこと」


 それなら、着地の衝撃をくらうこともないし、骨も折れずに済みそうだ。しかし、一つだけ心配な点があった。


「でもそれってさぁ」


 僕が口を開きかけたのとほぼ同じタイミングで、エルシィが言った。


「ウーナが弾を当て損ねたら、そのまま着地になっちゃうと思うんだけど、大丈夫なの?」


 まったく、同じことを言おうとしていた。エルシィの言う通りで、ウーナがうっかり僕の着地タイミングや着地点をを見誤れば、僕は生身で10メートルの高さをジャンプして無防備に着地することになる。そうなれば、当然、この後冒険を続けるのは難しくなる。

 僕の心配をよそに、ウーナは妙に自信たっぷりに頷いた。


「大丈夫、絶対にはずさないから」


 そう言われてしまうと、信用するほかない。

 それに、現状、これ以外に僕が無事にこの崖を降りる方法があるとも思えなかった。僕は、たらりと嫌な汗が肌に滲むのを感じながらも、首を縦に振った。


「分かった。それで行こう」






「アシター!! 準備いいー!?」


 崖下から、エルシィの声が聴こえてくる。

 エルシィの隣には、魔装銃を持ったウーナが立っていた。


「ああ!! 行ける!!」


 大声を出して、返事をした。

 ウーナがぼそぼそと何かを言ったのを聞いて、エルシィが頷くのが見えた。


「飛び降りる前に必ず一言くれって、ウーナが言ってる!」

「分かってるよそれくらい!」


 突然飛び降りたのでは狙いをつけづらいに決まっている。失敗して最も痛い目――そのままの意味――を見るのは僕なのだ。僕が一番慎重にならないはずがない。

 落ち着いて、崖の際に立つ。少し風が吹き付けるだけで、身体のバランスが揺らぐのを感じて、胃がキリキリと痛んだ。

 今から、飛び降りるのだ。この高さから。

 そう考えるだけで足がすくんだ。力が抜けそうになるのを、奥歯をぐっと嚙み合わせてこらえた。

 息を大きく吸ってから、大声を上げた。


「行くぞ!!」


 俺が叫ぶと、崖下のウーナは片膝をついて、両手で銃を構えた。狙いの安定性を増すための体勢なのだろう。

 片足を少し前に出すと、足元の砂利がカラカラと音を立てて崖下に落ちていった。再び、高さを認識して、恐ろしい気持ちになる。もし、失敗したら……。

 頭を横にブンブンと振って、悪いイメージを振り払う。どのみち、行かなくてはならないのだ。覚悟を決めよう。

 頬を両手でべちんと叩いて、僕は大きく、息を吐き出した。

 そして、少し助走をつけて。

 崖から飛び降りた。


 臓器が、体内でふわりと持ち上がるような感覚がした。


「……ぅああああ゛……!」


 なんとも言えないうめき声が腹から漏れる。全身に鳥肌が立っているのを感じた。

 地面が急速に近づいて、恐怖心が一気に煽られた。

 本当に僕はこのまま地面に衝突して死んでしまうのではないかと、そんなことを考えた瞬間に。

 乾いた銃声が鼓膜を揺らし、それと同時に、身体の周りを紫色の液体のようなものに包まれた。


「んぐっ……」


 今まで上から下に働いていた物理エネルギーが一気に逆行する感覚がした。持ち上がっていた臓器が一気に元の位置に戻ってゆ

 き、身体は空中でぴたりと止まっている。

 身体中の毛が逆立ち、耳の中では低音とも高音ともつかない音がぐわんぐわんと響いていた。

 何秒が過ぎたのか分からないころに、ふっとその紫色の空間が消失して、僕は地面にどさりと着地した。

 四つん這いになって、地面に手をつく。

 成功したのだ、と気付いたと同時に、胃から熱いものがこみ上げた。


「うぉぇぇぇぇ」


 こらえる暇もなく、僕は目の前の地面に胃の中身をぶちまけた。身体が金属になったかのように重く感じて、ひとしきり吐いた後に、それを避けるように地面に倒れ込んだ。

 寝転がっているだけでも、吐き気がこみあげてくる。空気の存在が妙に誇張されて全身に響く。空気に押しつぶされてしまうのではないかと思うほどに、息苦しかった。

 浅い呼吸を繰り返して地面に横たわっていると、ウーナが全力で駆けてきて、僕の横に片膝をついた。そして、ローブの中から小瓶を取り出して、その蓋を開ける。


「これを飲んで」


 ウーナは小瓶の中身を、僕の半開きの口に流し込んだ。生温かく、甘いのか苦いのかよく分からない液体が口の中に入って来て、僕は自然にその液体を飲み込んだ。

 飲み込んだ瞬間、身体の力がスッと抜けて、身体を空気に押さえつけられるような感覚も消えた。


「落ち着いた?」

「……ああ、だいぶ」


 呼吸も元通りになって、僕はようやく人間らしい言語を発することができた。身体を起こして、ウーナがつまんでいる空の小瓶を見ると、ウーナは僕の疑問を理解したように頷いて、言った。


「普段感じている重力が突然消失して、酔わない人間はいない。これは、魔術を用いて作られた酔い止めの薬。重力を感じる器官の狂った感覚を元に戻してくれる」


 なるほど、言われてみれば確かに、着地直後に感じた抗いようのない吐き気は、魔車に酔った時に感じた吐き気と似ていたような気がする。


 ウーナが寝転がっている僕に手を差し伸べてきたので、僕は素直にその手を取って、起き上がった。一瞬足元がふらついたが、ウーナが支えてくれる。


「……成功したな」


 僕が呟くと、ウーナは少しだけ口角を上げて、言った。


「はずさないって言ったはず」


 他の二人も駆け寄ってきて、安心したように笑顔を見せた。


「よく頑張ったな、アシタ」


 ラッセルは僕の肩をぽんと叩いて、前歯を見せた。

 そう言う彼は、本当に自分で言った通り、誰の補助も受けずに崖から飛び降りて、当然のように着地をし、ピンピンしているわけなのだが。


 ふと空を見ると、もう日も沈みかけて、辺りは暗くなりかけていた。


「そろそろ、火を起こして、寝床を作った方がいいね」


 エルシィが言うと、ラッセルも頷いて、手をパンと叩いた。


「よし、飯の準備と、寝床の用意だ。一晩休んで、明日の早朝からダンジョンに潜るぞ!」


 ようやく、目的のダンジョンへたどり着いたのだ。あとは万全に準備をして、挑むだけだ。


 柄にもなく、少しだけ胸が高鳴るような気がするのは、おそらく、気のせいだ。


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