第3話  事実を確認したい


「私のいたエルノス地方には、『雪山ダンジョン』って呼ばれてるダンジョンがある」


 ウーナは静かに語った。


「雪山ダンジョンには二つの顔がある。一つは、山の表面。もう一つは、山の中の洞窟」


 実際に行ったことはないが、その情報は誰だったか有名な冒険家の冒険日誌で読んだ。

 エルノス地方はここよりもずっと北に位置するいわゆる『氷雪地帯』だ。標高の高い山が連なっており、ある高度を越えると常に雪が降り続いているという。

 山の表面では、強い吹雪が冒険者の視界を奪い、寒さから身を守るために比較的大きく身体を成長させた魔物たちが多くの冒険者の命を奪った。

 そして、洞窟地帯は薄氷や不安定な足場が冒険の足を鈍らせ、滑落や、強力な魔物による襲撃で命を落とす冒険者が後を絶たないという。

 何においても、この書店の近くにある洞窟ダンジョンよりはるかに危険度の高いダンジョンである。


「私は洞窟ダンジョンでサルベージした前時代の遺物を売ったり、魔物の毛皮を集めたりして生計を立ててる。いわゆる、トレジャーハンター」


 トレジャーハンターといえば、エルシィも同じようなことをしていた気がする。

 僕が頷いて話を聞いていると、ウーナは視線を床のあたりにうろつかせながら、話を続けた。


「ある日、いつもの洞窟ダンジョンを冒険していたら、それまで見たことない大きな“穴”が開いてた」

「穴……?」

「そう。今まで何度も通った道に、突然あったの」


 なんだか、エルシィがつい最近僕を連れ出した時の状況に似ていないか?

 彼女も、「突然第六層に穴が開いた」というようなことを言っていた気がする。


「慎重に、中に入った。そうしたら、小さなおりみたいなものがポツンと置かれていたの」

「小さいって、どれくらいの?」


 僕が訊くと、ウーナは身振り手振りで、大きさを示してみせた。


「立っている私がすっぽり入るくらいの、大きさ」

「それってあんまり小さくないだろ」

「普通の、罪人を収容するような檻よりはだいぶ小さい」

「まあ、確かに……」


 罪人を収容するような檻であれば、この書店と同じくらいか、もしくはもっと大きいものかもしれない。もはやあれは『部屋』に等しい。

 しかし、人が一人入るくらいの檻というと。


「魔物の捕獲に使うような檻ってことか?」

「大きさとしては、それくらい。でも」


 ウーナはそこで言葉を区切った。

 そして、僕をじっと見る。


「中に入っていたのは、人だった」

「人が、檻に?」

「そう。最初は見間違いかと思ったの。でも近づいて行って、ランタンの光を当てたら、やっぱり人の形をしていて」


 ウーナはその時のことを思い出すように、眉にシワをよせながら、ぽつぽつと語る。


「そして、光に気付いて顔を上げたその人は、びっくりするぐらいに美人で、それで……」


 ウーナはそこで顔を上げて、僕の目を見た。


「耳が、尖ってたの」


 僕は、息を呑む。


「そ、それは、ちょっと耳の先がひとよりもとがってるとか、そういうことではなくて……?」

「もう、針葉樹の葉っぱみたいなスッとした形。見間違いようもないくらいに、エルフの耳だったの」

「それで、どうしたんだよその後」


 身を乗り出し気味に訊ねると、ウーナも少し興奮気味に続ける。


「とにかく、檻から出してあげなきゃと思ったの。でも、檻を調べてみても、扉みたいなものが一切なくて。どうやって入ったのかも分からない構造になってて」


 扉のない檻……?

 つまり、そのエルフらしき人物がいる状態で外側から作り上げたということになるのだろうか。

 檻に入る前の状況がさっぱり理解できない。


「私が檻を調べている間も、そのエルフはどこか他人事みたいに私を見てた」

「出してくれ、とは言わなかったのか?」

「うん。口を開きすらしなくて」

「……そうか」


 聞けば聞くほどよく分からない話だ。

 檻に入っているということは、誰かにそこに入れられたということだ。

 助けてもらえるかもしれない状況で助けを求めないというのはどうも理解のできない展開だった。


「それで?」


 話の続きを促す。


「とにかく私ではその檻は壊せないってわかったから、一旦集落に戻ったの。金属を断つ刃物の扱いに長けている冒険者の仲間とかもいたから。彼らに事情を説明して、一緒にもう一度その洞窟に行った」

「それで? どうなった」


 僕が急かすように問うと、ウーナはそこで口をきゅっと結んだ。

 どうしたのだろう。続きが気になって仕方がないというのに。

 ウーナは意を決したようにこくりと唾を飲んで、言った。


「消えてたの。檻ごと。きれいさっぱり」


 頭の上に疑問符が次々と浮かび上がるような感覚。


「消えた?」

「そう」

「誰かが持ち去ったってことか?」

「持ち上げられるような重さじゃなかった。檻を引きずったような跡もなかったし」


 ウーナはそう言って、うつむいた。


「だから、仲間は『見間違いだ』って言われて片付けられた」


 寂しそうにそう言って、ウーナは黙ってしまった。


 無意識に、顎に手を当てる。

 ウーナの話によれば、ウーナは檻を外から開けるために檻を調べたのだ。手で触れるところまでしておいて、『見間違い』というのはあまりに乱暴な結論だ。

 それに、中に入っていたのが本当にエルフだったかということはさて置くとして、人型の生物が丸々一人分入った金属製の檻がそうやすやすと運び出されるものだろうか。

 運び出されたわけではないのだとしたら、本当にひとりでにその檻が消えたことになる。それこそ、理解できない現象だ。


「やっぱり嘘だって思う……?」


 考えにふけっていると、ウーナが上目遣いでこちらを見ていた。

 ウッ……そんな目で見るなよ。

 少し不憫な気持ちになってくるだろ。


「思わない。ウーナは檻に触れて、エルフもその目でしっかり見たんだろ」

「……! うん」

「それなら、見間違いだと結論付けるのは乱暴すぎだ。不可解な点が多いのは事実だけどな」


 そこまで言うと、ウーナは再び僕の腕をガシッと両手でつかんできた。


「な、なんだよ」

「信じてくれた人、初めて」

「そ、そうか……」


 あいまいな返事をすると、ウーナはぶんぶんと首を縦に振った。

 僕は小さくため息をついて、ウーナに掴まれた腕をそっとほどいた。


「とにかく、事実を確かめたいところだな。もう一度その場所を確認した方がいい」


 僕が言うと、ウーナは力強く頷いた。

 そして、当然のように僕に訊ねた。


「じゃあ、その本を読み終えたら一緒に来てくれる?」


 うん?

 僕は首を傾げる。


「行かないぞ?」

「え」

「行くのはお前。お前が確認しに行っている間に、僕は『古代エルフ文化史書』を読み終えておく。完璧だろ?」


 僕が言うと、ウーナの表情ががらりと変わった。


 そう、例えるなら。

 飼い主に突然手綱を離された愛玩動物のような顔であった。

 困惑と失望が入り混じったような、そんな表情をしていた。


 いやいや、完璧なプランじゃないか。

 僕が一緒について行ったところで足手まといにしかならないよ?


 石のように固まるウーナの前で、僕は一人で首をかしげた。





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